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愛を取り戻せ②:お見合いをぶち壊したい7
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予定通り、残業を決定させた宮本。その脇を通り過ぎて少し緊張した面持ちで部署を出て行った江藤が、一瞬だけ宮本の顔を見て何でだよって表情を浮かべた。
そんな表情を見なかったことにすべく、ふいっと顔を背けてやる。
「なぁ江藤って、これからお見合いだろ? 大丈夫なのか?」
(喋る暇があるなら、さっさと仕事をすればいいのに……)
少し離れた席で喋る先輩方の声が気になって、耳をそばだててしまった。
「俺、安田課長にこっそりとお見合い相手の写真を見せてもらったんだ。何でも取引先の部長の娘さんで、これまた結構な美人だったぞ。ふたりが並んだら、美男美女のカップルができ上がりってね」
「俺ら同期の中でも出世頭、仕事のできるヤツは羨ましいねぇ。何でも優遇されてさ。だけど恋人くらい、自分で選びたいよなぁ」
「確かに見た目はいいけど、中身があの俺様仕様だからな。お偉いどころの娘さんなら、上から目線に耐えられなくて逃げ出してしまうかも」
嫌な含み笑いと一緒にされる噂話が自動的に耳に入ってくるせいで、宮本が右手で握っているボールペンが、ミシミシと音を立てて変形していった。
同期の中で一番に仕事のできる切れ者だから、優遇されるのは当たり前のことだろうよ!
どうにも堪らなくなり、怒りを胸に秘めながら静かに立ち上がった。そして平静を装って歩き、噂話をしている先輩方の傍らに立つ。
「おっ、宮本! 何か分からないところでも聞きに来たのか? 江藤と違って、優しく教えてやるぞ」
へらへらと嘲笑いながら言われてもな。あからさまにバカにするその態度に、かなりムカついた――
(好きなヤツの悪口を言われて、黙っていられる俺じゃない。たとえ相手が先輩方でもだ!)
「分からないところを聞きに来たんじゃないんです。逆に教えようと思いまして――」
「はぁあ!? おまえが俺らに、何を教えてくれるんだよ」
あからさまに軽蔑した視線でしげしげと見つめてくる様子に、さらにムカつきを覚えたが、江藤のことを考えて宮本は堪え忍んだ。
「江藤先輩は確かに俺様ですけど、ああ見えて、すっげぇ優しいところもあるんです。しかもナイーブで、傷つきやすい心の持ち主なんです」
両脇に拳を作りながら先輩方を睨むように力説した宮本の姿を見て、意地の悪そうなほほ笑みをそれぞれ浮かべた。
「何、言ってんの。毎日叱られて頭が可笑しくなったんじゃねぇの?」
「あれだけ怒鳴られてたら、普通はイヤになるよなぁ」
「そりゃあ俺はバカですから、怒鳴られるのは仕方ありません。だけど江藤先輩は俺の面倒を見ながら、自分の仕事をキッチリとこなしているんです。頑張ってるから成果が出ているわけで、上の人に評価されて優遇されるのは、当然だと思うんです!」
本当はもっと江藤のいいところを言いたかったのに、言葉にしようとすると思うようにうまくいかなかった。宮本は自分の駄目さ加減をあらためて思い知り、奥歯をぎゅっと噛みしめる。
「おまえ、何で俺らにそんなことを言いに来たんだよ。さっきの話を、ちゃっかり聞いていたのか?」
「ちゃんと仕事しろよー。だから怒鳴られるんだぞ。俺様江藤様にまた叱られるかもなぁ」
目配せしつつクスクス笑い合った先輩方に、イライラが募っていく。
あんな人でも――
「あんな人でも俺の憧れの人なんだっ! それ以上悪口を言うな!!」
「憧れの人っ!?」
その声に、宮本は我に返る。
相手は自分の先輩だというのに、怒りにまかせてつい怒鳴ってしまった……。
(やべぇ。俺ってば、思いっきりやらかした――)
「え、えっとですね宮本の頭文字がMだからなのか、俺ってマゾなのかもしれません……」
自分がやらかしてしまったことで江藤が責められるかもと、脳内でビビっと判断した結果、思ってもいないことを口にした宮本。顔は最高潮に熱くなり、額から冷や汗がだらだら流れていくのが分かった。
「ぷぷっ! 宮本おまえ、マジでさいこー」
「さっすが江藤に教育されてるだけあるわ。つぅか下僕なのかもな」
ゲラゲラ笑い出した先輩たちに、内心ほっとする。こんなことで江藤の悪口が止まるなら喜んで泥を被ってみせるべく、目の前の現状に合わせて大笑いしてみせた。
「そうなんっす。下僕OKって感じみたいな。あは、ははは……」
笑いながら心の中ではしめやかに、シクシクと泣くしかなかった。
「つぅワケなんで俺の前でご主人様である江藤先輩の悪口を、絶対に言わないでください。お願いします!!」
言いながらきっちりと頭を下げる。これで止めてくれるなら、何度だって頭を下げてやるさ!
「分かったよ、分かった。宮本のMっ気に免じて止めてやるから」
「たまには俺らにも、宮本で遊ばせろよな」
そう言いながらふたり揃って、にやにやする。遊ばせろという言葉が気になるが、こればっかりは仕方ない。喜んで、弄られてやろうじゃないか!
「すんませんっ俺、用事があるのでお先に失礼します」
ペコリともう一度お辞儀をして、背中を向けると――
「用事を優先して大丈夫なのか? 仕事終わってないだろ」
なぁんて声をかけられた。
「上司命令言われてるんで、そっちを優先しようと思って。そんじゃ失礼します」
まくしたてるように告げてから、慌てて部署をあとにした。タイムリミットまで、あと10分と少し――絶対に間に合わせなければいけない。
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