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過去の想い:愛をするということ2

「こんなところでヤるなんて、悪趣味にもほどがあるぞ。俺様の背中は痛むし、ここは狭いからおまえの躰が動かしにくいだろ?」  江藤は眉根をひそめながら、忙しなく動く宮本の両手首を慌てて掴む。 「あのタイミングで後輩に平手打ちをした江藤さんには、この手を止める権利はないです。俺としてはこの躰を使ってあのときのお返しを、ここでしようとしてるだけですし」 「お返しなんていらねぇよ。謝っただろ」 「らしくないですね、遠慮なく受け取ってくださいって。ここだと狭くて逃げ場がないから、思う存分に江藤さんを責めることができるので、俺としては好都合なんですけど」  その言葉に反発すべく掴んでる手に力を込めたら、宮本の上半身が倒れ込むように近づいてきて、胸元に顔を埋められてしまった。上半身の重みで両手が塞がれてしまったせいで、防御が不可能になるなんて―― 「やめっ、ちょっ……それ、くすぐった、いっ」  舌先を尖らせて右胸を執拗に責めているらしいのだが、感じるというよりもくすぐったさが先行して何だかもどかしい。 「あっ、そうか。江藤さんは右の乳首よりも、左のほうが感じるんでした」  どこかうれしげに告げながら宮本が頭を上げたときに上半身が少しだけ上がり躰に隙間ができたので、慌てて両腕を引き抜く。これ以上悪さをさせないように、顔をがっちりと捕まえてやった。 「せっかくこれからいいコトしようとしてるのに、止めないでくださいよ」 「感じちゃいない。くすぐったかっただけだ」 「そんな怖い顔して喚いても、今の江藤さんは全然怖くないです。むしろかわいい」  目の前でにんまりとほほ笑むいやらしい顔が、憎たらしいったらありゃしねぇ。動きを塞いでいる両手に、自然と力が入る。 「かわいいなんて言うな。俺様はそんなガラじゃねぇだろ」  低い声でさらにすごんでみせたのに、それすらも可笑しいと言わんばかりに目を細めてくすくす笑う。 「くすぐったいと言いながら下半身をどんどん大きくしたのは、どこの誰でしょうか?」 「な、にかの、勘違いだ、ろ」 「ぷっ! 江藤さんのナニは舌が動くたびにぴくぴく反応して、硬くなってましたよ。俺の躰の下でスラックス越しだというのに、ばっちり分かっちゃいました」  ほらと言いながら右手を伸ばして、そこを鷲掴みした。 「くぅっ……。いきなり触るな」  鷲掴みするだけじゃなく、やわやわと触れられるせいで息が徐々にあがっていく。 「江藤さん、ここではするな。いきなり触るな。なぁんて本当にワガママばかり言うんだから」  告げられた言葉はあからさまな文句だったのに、やけに明るい口調で言われたので返事に困ってしまった。それだけじゃなく淫らに弄られる下半身のコントロールも、みるみるうちにままならない状態に追い詰められていく。 「んぁ……あっ、あ、ぁあっ……はあぁ」 「あーあ、外に声が響いていますよ」 「うぅっ!! くっ」  ここぞとばかりに平手打ちのお返ししているのか、喘ぎ声を指摘したくせに、お触りしている手の動きを緩める気配がまったくない。 「マジでヤバいなぁ、その顔。ある意味、殺されかかってます」  宮本の顔を掴んでいる両手の力が抜けねぇ。抜いたら口答えをする唇を塞がれるか、さっきの続きをされる恐れがある。 「瞳を潤ませて我慢している今の姿は、怒ってばかりいる普段の顔と比べてギャップがありすぎ」 「うっせぇぞ。いい加減、に、しろ……」  自分が現在進行形でどんな表情をしているか、さっぱり分からない。いつもと変わらず、怒った顔をしていると思ったのに。 「どんな顔も、俺は好きですけどね。よいしょっと」  口元を綻ばせた宮本は卑猥なお触りをしていた下半身の手を退けると、両手を使って顔を掴んでいる江藤の左手を無理やり引きはがし、手のひらに唇を押しつける。  柔らかい唇を皮膚の上で感じた瞬間、何とも言えない気持ちが江藤の胸の中にぶわっと広がっていった。 「……おまえ、手のひらのキスの意味が分かってやってんのか?」  それを知っているからこそ、動揺せずにはいられない。 「全然知らない。ただ何となくしたくなって、キスしただけ。意外とゴツい造りの手がいいなぁって」  宮本はしげしげと江藤の左手を眺めてから、ふたたびちゅっとキスをする。 (無自覚でこんなことをするなんて、コイツのほうが俺様を殺しにかかってる。ある意味、すげぇとしか言いようがない) 「手のひらのキスの意味は、懇願っていう心理を表しているんだ」 「懇願? キスで何かを頼んでる感じ?」 「自分のものになれっていう感じかもな。手の甲のキスが敬愛だから、それを超えた気持ちからの表現だろ」  自分が口走ったことを盛大に照れている江藤を、アホ面丸出しで宮本は見つめた。 「俺ってば無意識にそんなことをしちゃうなんて、もしかして天才かも」  バカと天才は何とやらって言うしな。呆れて言葉が出てこない。 「しかもこんな雑学ネタを知っている江藤さんは、これを使っていろんな男をドキドキさせて、思う存分たぶらかしたんでしょ?」  どういうことだよ!? どうしてそうなるんだ……。 「知識を披露する機会も使う機会も、残念ながら今までなかった。だから今がはじめてだ」  掴まれている左手を振りほどいて宮本の右手を引き寄せると、手首に吸いついてやった。くっきり残るキスマークがうれしくて、顔に浮かんでしまうほほ笑みを隠せない。 「手首のキスの意味って?」 「会社でも言ったろ。おまえを誰にも渡したくないって。恋い焦がれて、堪らないっていう意味だよ」 「江藤さん……」  照れ隠しに掴んでいた手を江藤が手荒に放り投げたのに、宮本はキスマークの付いた手首をじっと見つめながら顔を輝かせて撫で擦る。 (こんな単純なことで喜ばれたんじゃ、それ以上に喜ぶことをしたくなる――) 「おい、煮るなり焼くなり好きにしろ」  服を中途半端に脱がせて卑猥なコトに進んで手を染めていたというのに、キスマークひとつに舞い上がって放置するなんて、普通はありえないだろ。  ワイシャツのボタンがふたつだけ留められたまま、ネクタイもつけた状態で上半身の肌を露わにし、好きなヤツに堂々と跨れているのは正直つらすぎる。 「……ヤってもいいの?」 「ただし鍵をかけるのが条件だ。変な声が聞こえたんですけどって扉を開けられたら、対処の仕様がないからな」  不機嫌に眉をひそめて顔を背けた途端に、躰にのしかかっていた宮本の重みが消えた。カチッという鍵をしっかりかけた音に、江藤は心底安堵する。 「会社では江藤さんに守られちゃいましたけど、何か不測の事態が起きたときは俺が守りますからね」  背けていた顔を上げると、格好いいことを言いきった面構えが目に留まった。  それは本当に見惚れてしまうものだった。そんなヤツとこれからこんな場所でひとつになると考えたら、自然と躰が熱くなる。 「仕事が穴だらけのおまえに守られても、不安要素しかねぇな」  だらしない格好で寝っ転がったまま指摘したら、宮本は靴を脱いで綺麗に揃えてからすぐ傍に正座して、覚悟を決めたような真剣な面持ちでじっと見下してくる。  突然すぎる態度の豹変に江藤は慌てて起き上がり、同じ姿勢で顔を突き合わせた。勿論、肌蹴たワイシャツの前を合わせて、きちんとするのを忘れない。 「江藤さんからしたら、俺のすることは穴だらけに見えるだろうけど、それでも一生懸命に守るから」 「佑輝くん……」 「不安要素をなんとかなくして、絶対に守りきってみせる。過去も未来も全部守るから!」 (仕事が全然できないくせに口だけは達者で、態度もデカいヤツだけど――昔も現在(いま)もコイツの優しさに、ちゃっかり支えられちまってるんだよな)  普通の男ならヤることヤってる場面なのに微妙なラインで引き下がり、ここでヤるかどうかの選択権を譲ってきたのは、本気で嫌がっているのが伝わったからだろう。サディストのくせに、とことん責めないなんて、おかしなことをしやがる。 「一端のそんな覚悟ができてるなら、その想いを俺様に晒してみろ」 「へっ? うわっ!?」  油断しまくりの躰を力任せに押し倒したら、宮本の頭が壁に激突した。痛そうに顔を歪ませているのを華麗に無視して、唇を合わせる。熱情をぶつけるように、じゅくじゅくと音を立てて舌を出し入れしてみた。 「んあっ、ああっ、ち、ちょっと……はげしっ」 「これくらいのキスで、音をあげるなよ。俺様の想いは、こんなものじゃねぇんだからな」  鼻先で告げた江藤の言葉に上目遣いをしながら赤面して、やわやわと躰に腕を回してきた。 「知ってるよ。江藤さんが覚えてないあの夜に、おまえが好きだって、たくさん言ってくれてるから」  デレッとした顔で言われても記憶がないので、何だか損した気分になる。こんな顔をさせるくらいに、言葉で伝えたのなら―― 「おまえのその躰に、嫌というほど叩き込んでやる」  ほほ笑みながら、宮本の服を脱がしにかかった。 「……そんなドスの利いた声よりも「あんっ、もっと激しくしろ」って言った声のほうが、俺としては好みかなぁと思いまして」 「あんっなんて気持ち悪いことを、俺様が言うわけないだろ。嘘をつくなコラ」

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