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過去の想い:愛をするということ3
「俺が突くたびに躰を震わせながら、あんあん善がり声をあげていたっていうのに。それ聞いたら俄然やる気が出ちゃって……って江藤さん、首が絞まってる!」
ちょうどネクタイを外そうとしていたところだったのだが、聞きたくない自分の言動に自然と手先の力が入ってしまい、思わずぎゅうっと宮本の首を絞めてしまった。
「悪い。絞め殺したくなるくらい、愛情が高まってしまってな」
何とか怒りを押し殺し、震える手を何とか使ってネクタイを解いていく。すると宮本も江藤に手を伸ばして、ネクタイを解きだした。
「江藤さんの記憶がなくても俺は覚えてるから。告白されたのも、この手で抱くことができたのも、全部がすっげぇうれしくてさ。絶対に忘れないように、脳内の奥深くに焼きつけたんだ」
そういうことをしたから、あのときのことをしっかりと覚えてるって言いたいのか。だったら――
「おまえの記憶にある俺様はきっと、同じように浮かれていたんだろうな。羽目の外し方が想像を超えている」
ボタンをすべて外し終えたワイシャツを開いて、剥き出しの宮本の肌に頬を寄せた。昔と変わらない石鹸の香りや体温(ぬくもり)が伝わってきて、懐かしさと一緒に安堵感に身を任せる。
縋るように倒れ込んでいる江藤の背中に、ワイシャツの下から宮本の手が潜り込んできて、指先が素肌を撫でていった。感じる部分を探ろうとする手つきにもどかしさを感じて、それをごまかすべく目の前にある首筋に、すーっと舌を這わせてからキスしてやった。
「んっ、くすぐったい」
「逃げんじゃねぇ、これは俺様の想いなんだから」
「江藤さんの想い?」
「そうだ。首筋のキスの意味は、好きで好きで堪らねぇっていう意味なんだよ」
ふたたび宮本の首筋に顔を埋めようとしたら、躰をぎゅっと抱きしめられたあとに、荒々しく上下を逆転させられた。散らばっている上着が下敷きになっているから、さっきよりは背中が痛くない。
「それ以上の想いを超える場所にぜひともキスをしたいんですけど、どこにしたらいいですか?」
射抜くようなまなざしで告げられたセリフに、胸がきゅんと痛くなった。痛いけどそれは、心地よく感じるものだ。
恋人として、ここは素直に教えてあげる――なんてことをすると思ったら大間違いだろ。恋人だからこその思いやり。普段から使われていない頭をここぞとばかりに使いやがれ!
「その質問に俺様が優しく教示すると思ってる時点で、恋人失格だぞ」
鼻をふんと鳴らしながら薄ら笑いを浮かべたら、やっぱりなぁと口元で呟き、目をつぶって考え込む。コイツのことだ、脳しょうをしぼって、必死に考えているんじゃないだろうか。
冗談で告げたような言葉にまんまと左右されて、本当にバカなヤツ――ヤる気を引き出すための首筋のキスでうまいこと体勢を入れ替えてきたから、このまま続行してくれると思ったのに。
「おい、いい加減にし」
「江藤さんの髪の毛から足の爪まで全部にキスしたら、想いを超えられる?」
答えを教えようと口を開きかけた矢先に導き出されたものは、正直呆れ果てるものだった。しかし単細胞な宮本らしい答えに、ちょっとくらい付き合ってやるのも一興かもな。
「そんなことをしていたら、朝になっちまうぞ」
何としてでも超えてやるという気持ちが痛いほど伝わってくるそれに、抗えるはずがないのも事実だった。
「だって俺の気持ちを伝えたい。江藤さんが忘れちゃった分も合わせて」
確かに。言われてみれば、ぜーんぶ忘れちまっているんだった。
「分かったよ、分かった。おまえからのキスを全部受けてやる。だが俺様の躰は我慢の限界にきているから、なるべく早めに挿れてほしい……」
「それなら、1回ヌこうか?」
「そうじゃねぇよ。そうじゃなくてだな、その……」
口ごもってしまうのは自分で自分の首を絞めるように、さっきから心の内をぽろぽろと晒してしまっているのが、恥ずかしくて堪らないから。その上、散々焦らされているから、溜まったモノを吐き出したい状態だった。
だから1回ヌいておくのは理にかなっているのだが、それよりも先にしたいことがある。
「……大好きなおまえと、ひとつになりたいんだよ」
まぶたを伏せて告げてしまった言葉は、嘘偽りのないものだ。しかも今まで口にしたものの中で、一番羞恥心が煽られる。
お蔭で心臓が踊り狂ったようにバクバクしていて、視線の置きどころが分からない。体温が上がったせいか、じんわりと汗もかいているのを感じた。
「記憶があってもなくても、やっぱり江藤さんはエロいですね」
「は?」
自分の発言に滅茶苦茶照れていたところに投げつけられた宮本のセリフに、江藤は愕然とした。
「江藤さん直前になった途端に、俺様の勘違いだとかごねて寸止めになる可能性を考え、本心を確かめようと俺なりに焦らしてみました」
「…………」
エロくて何が悪いと反論したかった。しかしそれを止めたのが、怒りや悔しさだったりする。バカで単純な宮本に、まんまと謀られるなんて――ショックで気持ちと一緒に、股間が萎んでしまった。
「記憶がないときの江藤さんってば俺にいきなり跨ってきて、ここぞとばかりに腰を振って、すげぇ感じさせてくれたんですよ」
「…………」
「それだけじゃなくずーっと好き好き言い続けて、ぎゅっと抱きついてきたのがかわいくて。うれしくて困ってしまうくらいに」
「へぇ……。いたいけな俺様の気持ちを知ってるくせして、思いっきり焦らした揚げ句に、試すようなことをしたんだな?」
怒りに満ち震えた江藤の声色で、デレッとした宮本の顔が一気に青ざめたものへと変わる。
常日頃から叱られ慣れているせいか、察しが早くて助かった。殺気が伝わってうれしい限りだ。
「たっ、確かに試すようなことをしちゃったのは、悪かったと思います。だけど記憶のないときの江藤さんの気持ちが全然見えないから、俺としては不安になったんですよ」
「スカイツリーから飛び降りる思いでおまえに告白したっていうのに、こんな風に疑われたら堪ったもんじゃねぇよな」
「そんな覚悟で告白……。あ、愛されてるなぁ俺ってば」
宮本は口元をぴきぴきと引きつらせながら、両手をあげながらゆっくりと躰を離した。いつものように攻撃されると先読みして、距離をとろうとしているらしい。
「逃がさねぇぞ、コラ!」
言葉どおりに拘束すべく、両腕を首に巻きつけてやった。
「ヒィィイッ!」
江藤の顔を見て、ぶたれた犬のように心底怯える表情を浮かべた宮本。その姿がなぜだか愛おしく見える。
「愛してんだぜ、おい」
「え、とうさん?」
「分からねぇのなら分かるまで、おまえの躰に叩き込んでやるよ」
捕まえている両腕を使って宮本を引き寄せ、そのまま唇を重ねた。
想いは見えないものだからこそ、分かるまで伝えてやりたい。自分の心を優しさで包み込むように愛してくれた宮本に、どうしても伝えたいと切に願ったからこそ――
普通ならこんなありえない場所で求め合ったのは、ふたりにとって必然だったようだ。ベッドで盛大に愛を語り合うんじゃなく、ここだからこその特別な行為だった。
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