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秘めたる想い:愛をするということ

***  雅輝と逢う当日。午前中は雨がしとしと降っていたが、昼飯を食べるころには薄日が差して、夕方になるととても綺麗な夕日がビルの隙間から見ることができた。  定時になったので残業せずに帰ろうと腰を上げかけたけど、すぐに戻した。自分の席から見える宮本の背中が、唐突に目に入ったから。  間違いなく今日のノルマを達成していないであろうアイツを差し置いて、さっさと帰るのはどうにも気が引けた。だからといって最後まで付き合ったら、間違いなく約束の時間には間に合わない。途中まで付き合うという中途半端なこともしたくないし、どうしたものか――  腕を組んで考え込んでいると、宮本の同期の渡辺がデスクの傍らにやって来た。 「江藤先輩、頼まれていた営業2課の領収書をまとめておきました」  愛想良くほほ笑んで書類を手渡してきたので、お礼を言ってざっと目を通す。宮本と違って手際よく仕事をする上に、安心して任せることができる新入社員なので、こまごました雑務を頼んでいた。 「他に何かやることがなければ、このまま上がっていいですか?」 「あ……何か用事でもあるのか?」 「別に。取り立てて何もありませんけど」  渡辺の言葉に、この場をしのぐアイディアが閃いてしまった。 「本来なら宮本の残業に付き合わなきゃならないんだが、急用があるんだ。悪いが補助してやってくれないか?」 「いいですよ。江藤先輩も大変なときですもんね。喜んで宮本のお守りをします」 (大変なときって、何のことだ? 宮本が渡辺に俺様と付き合うことになったのを、何かの拍子に暴露したにしちゃあ、このセリフは解せない)  呆けた顔して見上げていると含み笑いをして、自分の首筋にひょいと指を差した。 「江藤先輩が金曜日にあったお見合いを断ったのは、彼女がいたからだろうなって。だけどそのことが原因で、彼女と揉めたんじゃないかと噂になってますよ。仲直りの印が、左右に付けられた首筋のキスマークだろうという結論に至ってます」 「は?」 「江藤先輩からは、見えないかもしれませんね。わりと後ろ側に付けられているから」  宮本のヤツ、なんちゅーことをしてくれたんだ! 何も知らずに会社で1日中、それを晒して過ごしてしまったじゃないか。  よく考えたら見合いを断った件について、ツッコミがあってもおかしくなかったというのに……。ずっと雅輝と逢うことを気にして過ごしていたから、会社の奴らの視線なんて感知していなかった。  しかもこうして見える形で自分を縛りつける独占欲の強い彼女だとか、他にも尾ひれがついて噂されたに違いない。 (これ以上、会社に長居は無用だ。とっとと退社せねば) 「じゃあそういうことで。宮本を頼んだ」  渡辺の言葉を肯定する言葉を心中複雑な気持ちで告げてから、手早くカバンを手にして逃げるように部署を飛び出した。会社の外に出るまでいろんなヤツとすれ違ったけど、耳に入ってくる会話も視線もスルーし、何も知らないぜを貫き通して表に出る。  みんながみんな、自分の噂話をしているわけじゃないのは頭では分かっていたが、渡辺から聞いた直後だからショックがでかすぎて、うまく対処ができなかった。 「チッ! ベッドでの躾もしなきゃなんねぇのかよ。めんどくせぇな……」  そんな文句を吐いているのに声色がやけに生ぬるい感じになってしまうのは、宮本とそういうコトをするのをどこかで楽しみにしている、自分がいるせいかもしれない。  一番面倒くさい自分自身の腹を満たすべく、通りにある牛丼チェーン店に入り夕飯を食べて、約束している公園へ向かった。 「雅輝のヤツ、まだ来ていないな」  待ち合わせをすると時間ぴったりにやって来るか、遅れてやって来るアイツを思い出し、苦笑しながらベンチに腰かけた。何年もたっているのに目の前に広がる景色はそのままで、まるで大学時代にタイムスリップした気分になる。 「悪い。お袋の話し相手に付き合っていたら、解放されるのに時間がかかってさ」  思い出に浸っていたら小走りで公園に入ってくるなり、いつものように話しかけてきた雅輝。恋人から友達に戻っても気を遣うことなく普通に接してくれる態度は、本当にありがたいとしか言えない。 「おまえがしょっちゅう顔を出せば、そういう苦労をしなくて済むんじゃないのか」  ちょっとだけ隙間を開けて座った友人に、ほほ笑みながら提案してみた。

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