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ゲイバー・アンビシャスの憂鬱6

 妙な雰囲気を感じられない宮本に乾杯――  こっそりとそんなことを考えながらグラスに残っている酒を飲み干したときに、ポケットに入れてるスマホが着信を知らせるべくブルブルと震えた。  宮本との楽しいデート中の着信に、電源を切っておけばよかったと思いながらディスプレイを確認してみる。 「あれ、兄貴からの電話?」  横から勝手に画面を覗き込み、江藤とスマホを交互に見比べる宮本を横目で見つつ電話に出た。 「まあまあ、宮本兄が江藤ちんに電話なんて、一体何のお話なのかしらねぇ。可愛い弟を連れまわすなっていう、注意の電話だったりして」  他の客がいる手前、前彼ということを伏せながらも、今彼である宮本を不安にさせるようなことを言った忍ママを睨んでやった。 「もしもし、雅輝。どうした?」  手短に用件を向こうから言わせようと咄嗟に考えつき、本題から入ってみた。 『江藤ちん、今大丈夫?』 「大丈夫だ。宮本と一緒にバーに来てる最中」  どこか緊張した感じが声に出ていて、込み入った話になることが容易に想像ついたが、隣にいる宮本をこれ以上不安にさせないために、あえて席を立たないで話を聞く。 『悪い。やっぱりデートしていたか』 「デートと言うよりも美味い酒を飲んだことがない新人を、先輩の俺様が連れまわしてるって感じだな」  笑いながら江藤が告げると、むくれた表情の宮本が肘を当ててきた。何にも知らない新人で悪かったですねと顔に書いてある様子に、思わず吹き出しそうになる。 『あのさ、江藤ちん……』 「うん?」  いつも聞き役に徹する友人が、自ら何かを伝えようとしていることに、江藤は背筋を伸ばして耳をそばだてた。 『俺ね、好きな人ができたんだ』  恥じらいを含んだ柔らかい声色に、自然と唇に笑みが浮かんでしまう。 「……そうか、良かったな」  元彼のプライベートな話の内容に、一瞬だけ返答に困った。相手が異性なのか同性なのか分からないだけじゃなく、付き合うという段階が見えないせいで、おめでとうという言葉を告げることが躊躇われた。 『あー……、えっと良かった話でもないんだ。好きになった人は年上の男性で、俺の片想いなんだよ』 「ぉ、おう――」 『片想いだって分かってるんだけどさ、自分の気持ちを伝えてみようかなって考えてる……』 「そうか」 (頑張れなんて安易に口にできない。どうやって雅輝を応援してやればいいんだ――) 「江藤さん……」  微妙な表情で口ごもる江藤を心配したのか、隣にいる宮本がそっと手を重ねてきた。  普段はそんな気遣いをしない恋人に口パクで大丈夫だと告げたら、首を横に振ってぎゅっと手を握りしめられる。あたたかなそれを握り返したときに、スマホから遠慮がちな声が聞こえてきた。 『俺、見た目に自信ないし相手に好かれるようなところがないから、ダメもとで突進する予定なんだ』 「ダメもとって何を言ってやがる。お前にはいいところがいっぱいあるだろ。口煩い俺様の話を粘り強く最後まで聞いてくれる、優しい性格してるし」 『だって江藤ちんの話を最後まで聞かなかったら、もっと大変なことになるから』  ――それって、俺様のせいで聞かせていたのか……。 「ええっと何かの相談したときに、こっちが思いつかないようなアイデアを出してくれるところは、素直にすげぇと思う! 宮本共々助けられてばかりいるじゃないか」 『俺にとっては、ふたりとも大事だからさ。幸せになってほしいって願ってる』  雅輝、お前ってやつは――。 「俺様にできることは、何かないか?」 『今こうして話を聞いてもらってる。元気な江藤ちんと話をしてるせいか、やってやるぞっていう気分になってきた』 「その意気込みを忘れずに、自分の中に眠ってる気持ちを全部伝えてみろ。見た目なんて気にすんな! 勢いが余ったらそのまま押し倒せ!」  江藤としては気落ちしている友人を励まそうと思いつくまま言葉にして、恋人が握りしめている拳をそのままにガッツポーズをとった。 『相変わらず江藤ちんは過激だなぁ。押し倒せるわけがないよ。それって犯罪になるし、相手はタチなんだ』 「ああっ!? そんなの無視して、先に押し倒したもの勝ちだろ。それにお前の持つテクニックがあれば、簡単にイ――」  ばこんっ!! 「痛っ……」  怒った宮本が、江藤の頭頂部を容赦なく叩いた。 「江藤さん最低……。ちゃっかり、俺と兄貴を比べていたんでしょ? コイツ下手くそだなって」 「そ、そんなことはねぇって」 『江藤ちん?』 「ま、雅輝とにかく逃げずに頑張れよ。宮本と一緒に応援してるから。じゃあな!」  慌てて電話を切り、ちらりと反対側に座ってる二人を見たら、顔を思いっきり背けて聞いてませんをアピールしていた。 (俺様としたことが興奮したせいで、とんだ失言をしちまったぜ……) 「宮本、江藤ちんの過激な話は忘れなさい。あたしがいいことを教えてあげる」 「……何ですか?」 「あのね江藤ちんってば、あたしが薦めたマグナム25(トゥエンティーフォー)っていうバイブを捨てたのよ。理由は」 「忍ママ、コイツはその理由を知ってるから! わざわざ盛大に、こんな場所で言う必要はねぇんだって!」  他に客がいるっていうのに、またしても爆弾発言する気かよ。  喚いて聞かれないようにしようとした江藤の口を、宮本は繋いでいる手を放して頭を抱え込みながら口を塞いだ。 「手荒な力技で江藤ちんを抑え込むなんて、宮本ってば勇気があるのね」 「あとからきっとボコボコにされるでしょうが、とにかく理由を知りたいので」 「うふふ。あのね江藤ちんってばここで、惚気ながら言ったのよ。宮本のブツってば、マグナムを捨てちゃうくらいにいいモノだって」 (そんなことは一言も言ってねぇのに。どういうことだよ!?)  抱えられていた頭がそっと外され、口も自由になった。 「江藤さん、さっきの電話といい忍ママとのやり取りといい、反省しなきゃいけない点が多々ありますよ。すみません、お見苦しいところをお見せして」  言いながら、反対側に座る二人に向かって頭を下げた宮本。  申し訳なさそうにしている宮本を見て、レインがゲラゲラ笑いだした。 「いやぁ、久しぶりに面白い話が聞けた」 「レイン先輩、笑いすぎですよ。こちらこそすみません。又聞きしてしまって」 「いいのよ。ここはいろんなお客が来て、勝手に盛り上がるところだから。ここはひとつ、みんなの恋がもっともっと幸せになるように、乾杯しましょう!」  落胆する江藤を尻目に、それぞれがグラスを持ち乾杯をした。 「江藤さん、乾杯!」  すっかり機嫌が良くなった恋人が、空になっている江藤のグラスに自分のグラスを当てて勝手に乾杯する。 「兄貴の恋、上手くいくといいですね」  江藤の電話での発言から読み取ったのか、宮本がぼそりと呟いた。 「ああ。そうだな」 「だけど、ちょっとだけ妬けちゃったな」 「何が?」 「江藤さんが兄貴を心配してるときの顔。俺だけを見てほしくて、思わず手を握りしめちゃった」  馬鹿だな、コイツは――。  自分で自分の首を絞める発言をして気落ちしていた江藤だったが、宮本の一言でほんわか癒されてしまった。  ゲイバーアンビシャスでの憂鬱が、一瞬にして甘いものへと変わった瞬間だった。  おしまい

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