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第3話

――あれは確か、私が八つの時だっただろうか。 「妙子の家にオンナ男が住み着いてる」 と、みっちゃんを揶揄した同級生に鉄拳制裁を食らわせたことがあった。流石は、あの父の娘だ。気の短さは天下一品だと、他人事のように思う。 学校から知らせを受け、みっちゃんは慌てて学校に駆けつけてくれた。そして、泣きべそをかくガキ大将と呆れ笑いを禁じ得ない先生に対し、何度も何度も下げた。それを見ていると、いつまでも膨れっ面でいるのが恥ずかしくなり、私も彼に倣って謝罪し、場は丸くおさまった。 その後、みっちゃんと手を繋いで帰路に着いた。目の眩むような青空が広がる猛暑日にも関わらず、彼の手はひんやりと冷たく、いつまでも握っていたいほど心地良かったのを覚えている。 自宅までの平坦な道を歩きながら、私の善行……いや、悪行を懇々と説教したのち、みっちゃんはいつもの柔和な表情に戻り、そしてぽつりと言ったのだ。 「妙子さんは、優しいですね」 「優しい?」 私は、今よりもずっと高い場所にあったみっちゃんの顔を見上げ、小首を傾げた。「みっちゃん、さっきは私を短気だって言ったわ」 「ええ、それはそうですよ」 「じゃあ、優しくないじゃない」 私が反論すれば、彼は目を伏せ、静かに微笑んだ。 「妙子さんは、僕の悪口を言った友達が許せないと言いました」 「うん」 「僕のために怒ってくれたんですよね?」 「そうよ」 「だから、優しいんです」 そして、こう続けた。「優しいけど怒りっぽい、そういう人はたくさんいます。それは、優しいから怒りっぽくなるんです」 「……うん?」 「妙子さんには、まだ少し難しいかも知れませんね」 彼はほのかに苦く、けれども慈しむような笑みをこぼした。「いずれ、分かる時がくると思います。なので、今はそれでいいです」 当時の私は、彼の言葉を半分も理解していなかっただろう。 それよりも、彼の横顔にただただ見惚れていた。 今でも、はっきりと記憶している。 東洋人特有のなだらかな横顔の輪郭を。涼しげできめ細かな白い肌を。その白さに程よく映える、ほんのりと朱い唇を。 そして、十六歳というあどけない年齢に反し、大人っぽさを孕んだ大きい双眸を。 綺麗で儚いけれど、凛とした力強さがある。いきれた風が彼の黒髪をさらりと揺らした時、まるで白百合のようだと思った。春夏秋冬かかわらず、私や父のそばで咲き続けてくれる。そんな人だ、と。

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