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第4話

三ヶ月ぶりの帰省となる今日――昭和三十六年五月二十四日は、実母である佐伯 八重の十七回目の命日だった。 実家にあがった瞬間、何とも言えない懐かしさが胸に広がり、ふっと力が抜ける。秋吉家では主人を始め、義理の両親から良くしてもらっているが、嫁いできた身なので、どうしても緊張してしまう。それがぷつりと切れたかのように、居間でぐったりしていると、みっちゃんが番茶を持って来てくれた。 「一休みされてからでいいので、お父様を起こしてきてもらえますか? 朝食後、また眠られたので」 「ええ、もちろん」と快諾し、私は番茶を飲み干してから、寝室へと向かう。 父は歴史小説家だ。帝大在学中に応募した小説が出版社の目に留まり、デビューした。大雑把を地で行くような人が書いたとは到底思えぬ繊細で緻密な文章と物語構成が歴史小説ファンから高く評価され、人気を博しているそうだ。 が、その一方で、出版業界では締切を守らないことで非常に有名だった。 三年ほど前から父を担当している東亜社の茅野さんは、この一週間ほど佐伯家に毎日来ては、「上司が青筋を立てて、先生の原稿があがってくるのを待ってます」とそれはもう必死の形相で、原稿机に向かう父を急き立てていたらしい。対する父は「そりゃあ大変だな」と、まるで他人事のようにのんびりと言い、原稿用紙にペンを走らせていた。だが、茅野さんの督促が激しくなるにつれ、「お前が騒ぐせいで、文章が浮かんでこない」などと居直り、遂には茅野さんと喧嘩し始めたそうだ。 そして昨日、やっとのことで原稿を受け取った茅野さんは、疲労困憊で会社に戻っていったという。相変わらず、困った人だ。みっちゃんから話を聞き、私は深い溜息を禁じ得なかった。

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