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第5話

寝室の襖を静かに開ける。電気が消され、障子が閉め切られた仄暗い部屋に、朝日の光と私の影が伸びる。父は部屋の真ん中に蒲団を敷き、静かに寝息を立てていた。 「ただいま、お父さん。帰ったわよ。十時には正龍寺さんがいらっしゃるって」 「……おう、妙子」 私の声で目を覚ました父は、布団を乱雑に剥ぎ取ると、のっそりと身を起こし、欠伸をしながらぼうっと私を見た。白髪が増え灰色に見える短髪、狐のような切れ長の目、高い鼻梁。血色の悪い薄い唇、顔の肉が透けて見えそうなほどに薄っぺらくて白い肌。そして、目元や口元に刻まれた歳相応の皺の数々。美男ではないものの決して悪くはない面立ちで、「昔は学内一、人気だった」と本人はよく自慢しているが、真偽は定かではない。 「また茅野さんに迷惑かけたんだって?」 「(みつる)が言ったのか?」 「みっちゃんから一部始終を聞いて、そういうことだと思ったんだけど?」 「学習しない茅野が悪い」 父は至極不機嫌そうに言い、布団を畳み始める。「俺に締切を伝える時は、一週間サバを読めばいいものを」 「サバを読んでるのが分かったら、お父さんのことだからその分サボるわ」 「俺に気づかれないようにすればいい」 「お父さん、変に勘がいいからなぁ」 「確かに」 納得されても困る。私は溜息をつき、寝室を離れた。 みっちゃんと上手くやっているのか訊ねようとしたが、どうせ「当たり前だ」と返ってくるのが落ちなので、やめた。それにふたりの様子を見ていれば、その辺りのことは分かるものだ。 父は大抵の隠し事はしない、みっちゃんはできない質だ。 三年前、私が二十歳を迎えた頃、意を決して父との関係を告白してくれたみっちゃんに「知っているわ」と返すと、彼はひどく赤面し閉口した。本人としては上手く隠していたつもりだろうが、あれだけ甘い雰囲気を醸し出されては、嫌でも察してしまう。 「仲良しなのはいいことよ。でも、明け透けなのはいけないわ」と忠告すれば、冷や汗をかいて平謝りしていた。あんなみっちゃんを後にも先にも目にすることはないだろうと思い出し、人知れずくすくすと笑いながら、私は彼の元へ戻った。

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