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第6話
午前十時。喪服に着替えた私達は、父の幼馴染で正龍寺の住職である和雄さんを出迎えた。
佐伯家は代々、正龍寺の檀家であり、お盆や葬儀で随分と世話になっていた。高齢となった先代が隠居し、息子の和雄さんが跡を継いだのが昨年末。住職として佐伯家を訪問するのは、今日が初めてだった。
袈裟姿の和雄さんは仏前で、見事にお経を読み上げてくれた。仏壇に置かれた母の遺影を時折見て、張りのある声で読経する背中は、私達を仏様の教えに導いてくれる和尚さんの立派なそれだった。
けれども法要が終わり、お茶を出す頃には、普段の気さくなおじさんに戻っていた。
「いやぁ、あのお転婆妙子ちゃんが、人様の嫁さんになるなんてなぁ」
結婚し今に至るまで、和雄さんは再三そう言ってくる。今後もしばらく続きそうだ。何なら私が出産した暁には、「あのお転婆妙子ちゃんが、人の親になるなんてなぁ」としみじみと呟くのだろう。
「和雄さんは、変わらないわ」
漆塗りの木机を挟んで向かいに座す和雄さんに言えば、「いやぁ」とかぶりを振られる。剃り残しが一切ない彼の丸い頭は、今日も艶々としていた。
「俺はすっかり草臥れた。毎晩かみさんに肩と腰を揉んでもらわにゃ、翌朝起きるのが辛い」
「四十六、七にもなると、ただ寝るだけじゃあ疲れが取れないよな」
机の左角を挟んだ向かいで胡座をかいていた父がうんうんと頷く。「俺も昔は、二、三日寝ずに執筆しても平気だったがな。今そんなことすりゃあ、一週間は使いもんにならない」
「じゃあ昔は締切を守っていたの?」
「いんや」
と答えて、父は和雄さんとわっはっはと笑う。私は隣で折り目正しく正座し続けるみっちゃんと、呆れ笑いを浮かべた。父のそれは、もはや病気なのだろう。
「言っておくが、お前達だっていつかはそうなるんだ」
父は私達に向かって顎をしゃくる。「特に統、お前はじきにくるぞ」
「そうだぞ、統」
和雄さんも乗っかってくる。「だからお前は早く、甲斐性のある嫁さん捕まえないと。俺の嫁みたいに口煩いのはやめておけよ。静かに労ってくれる女にしろ」
「おい、街子さんに告げ口するぞ?」
「今のは聞かなかったことにしてくれ」
中年男性の冗談じみたやり取りに、みっちゃんは穏やかに微笑むだけだった。
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