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第8話
私服に着替え、居間に戻ると、案の定と言うべきか、その場は険悪だった。
珍しいことに、あの温厚なみっちゃんが怒っていた。氷のような冷たい表情で、黙々と法要の後片付けをしている。対する父も不機嫌そうに腕を組み、胡座をかいている。
「――おい、統」
みっちゃんは無反応だった。父が舌打ちをする。もう一度呼べば、少しの間を置いて無機質な返事があった。
「何を怒ってる?」
「怒っていません」みっちゃんはすげない。
「嘘つくな。顔に出てる」
みっちゃんは法要で用いた諸々をてきぱきと片付けながら、「そんなことありません」と返す。二人の間に嫌な沈黙が流れる。……非常に気まずい。場違いだと思いつつ、私は努めて明るく振る舞った。
「ねぇ、ふたりとも。昼食まで時間あるけど、小腹がすかない? カステラ食べよっか?」
「ちょっとした軽口だろ?」
私の提案を無視し、父は溜息混じりにみっちゃんに言う。「和雄だって、真に受けてなかった」
「そうですね」
「勘付かれてない」
「そうですか」
徹底して取りつく島がないみっちゃんを前に、再び沈黙が流れる。流石にもう何も言えなかった。
「……悪かったよ」
しばらくして、父は謝罪した。
「嫌な思いにさせて、反省してる」
「……僕こそ、すいません」
みっちゃんもぼそりと謝る。私は胸を撫で下ろした。
「冗談が通じず申し訳ありませんが、あの発言は奥様に失礼です」
「おい」父が眉間の皺を深くした。「それはおかしいだろ」
「何がです?」
「分からないのか? なら俺とお前の関係は、一体何だ?」
みっちゃんは一瞬ぽかんとしたのち、怪訝な表情になる。「愛人関係、です」
「そんなわけないだろ」
父が言下に吼えた。私は驚き、身を竦めて父を凝視する。みっちゃんも同様だった。が、すぐにその表情は大きく歪んでいく。
「そう、ですか」
「そうだ」
荒々しさが残る声で父が言えば、みっちゃんはふいと目を伏せた。……様子がおかしい。「みっちゃん」と窺うように声をかければ、彼は私を見て、哀しげに微笑んだ。
「すいません、妙子さん。疲れたので部屋で休んできます。せっかく来て下さったのに、ごめんなさい」
「え、あ……うん、いいえ、いいのよ」
「ありがとうございます」
みっちゃんはそして、足早に部屋を出ていこうとした。
「妙子さん、三年前に僕が打ち明けたことは忘れてください……佐伯さんにとって、僕はただの男娼みたいなので」
「は?」
「え?」
私と父が同時に素っ頓狂な声をあげた時にはもう、彼の姿はなかった。居間はしんと静かになり、私達はしばらく呆然としていた。
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