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第11話

 それからさらに三日がすぎると、アオはすっかり身体が楽になっていることに気がついた。あんなに重かった頭も、何かの匂いを嗅ぐたびにこみ上げてきた吐き気も、嘘のように消えている。  幸いなことにこれまでは一度も特効薬を使ったことはなかったが、正直、薬の副作用がこんなにしんどいものだとアオは初めて知った。できればもう二度と使うようなハメには陥りたくない。  ここ数日の間に、軽く二、三キロは落ちてしまった貧相な身体を見下ろしつつ、アオは室内に視線をめぐらせた。リコはどこにいったのだろうと思いながら、ベッドから下りようとした瞬間、くらりと目眩がして、そのままずるりと落ちそうになった。  そのときちょうど、リコがカイルと話をしながら部屋に戻ってきた。 「わあ、アオ大丈夫!?」  リコは慌ててアオに駆け寄ると、その身体を支えてくれた。アオの背中に形を整えたクッションを挟み込むと、楽な姿勢をとらせてくれる。 「もう、無茶しないでよ!」  腰に手を当ててぷりぷり怒るリコを、カイルはほほ笑ましそうに見ると、 「具合がよさそうでよかったです」  とアオに言った。  リコが背後にいるカイルを振り返って、うれしそうにほほ笑んだ。相手を信頼しきったようなリコの柔らかい表情を見て、アオは一瞬、おや? と思った。カイルを見るリコの表情が明らかにいままでとは違う。まるで霧が晴れたように明るかった。  アオはベッドの上で居住まいを正すと、まっすぐにカイルを見た。 「発作を起こしたときのことはうっすらとだが覚えている。・・・・・・あいつに、バカだと怒鳴られても言い訳のしようもない・・・・・・。今回は・・・・・・、いや、今回もなのか、カイルたちには世話になった。リコのこともだ。この通りだ」 「アオ~・・・・・・!」  深く頭を下げたアオの横で、リコは少しだけ居心地が悪そうにもじもじとした。 「礼を言われるほどたいしたことはしていません。シオンが・・・・・・、彼があなたの匂いがすると言って、いきなり走り出したのですよ。まさかと思っていたら、本当にあなたが倒れているから驚きました。何事もなくて本当によかったです」  えっ、あいつが・・・・・・?  アオは大きく目を見開いた。シオンが自分のために走る姿なんて想像がつかなかった。頬がじわっと熱くなる。慌てて普段の自分を取り戻そうとするが、果たしてそれがうまくできたか、アオには自信がなかった。 「アオ?」  案の定、リコが不思議そうに眉を顰める。 「そ、それであいつは・・・・・・? できたら一言あいつにも礼が言いたいんだが・・・・・・」  そうだ、何もあいつに会いたいからじゃない。俺は助けてもらった礼を言いたいだけだ。  なぜか自分に言い訳をするように納得すると、カイルが申し訳なさそうな表情でこちらを見ていて、アオは気づいてしまった。  そうか。あいつは俺に会いたくないんだ。  ひとりで勝手に熱くなっていた心が、すっと冷える。 「シオンは、あなたを邪魔に思っているわけじゃないんです。そうだったら最初から助けません。ただ、シオンにもいろいろと言えない事情があって・・・・・・」 「わかってる。無理を言ってすまなかった。ここまでしてもらっただけで充分すぎるくらいだ。あんたたちには関係ないのに」  カイルの言葉を、アオは遮った。シオンがアオを邪魔に思っていないというのは、アオを傷つけないための、カイルのやさしい嘘だと気づいていた。  シオンが自分なんかのために焦ってくれたと聞いて、アオはうれしかった。本心では自分の存在などシオンにとっては迷惑だとわかっていたのに、ひとりで浮かれてバカみたいだと思う。  アオは、ほほ笑んだ。 「アオ・・・・・・」  リコが顔を歪ませ、ぎゅっと首にしがみついてきた。アオは不思議に思った。  リコはどうしてそんな泣きそうな顔をしているのだろう?  ぽんぽんと弟の腕を慰めるように軽く叩き、アオはカイルを見やった。 「あんたにも世話になった。二度も助けてもらっておいて、何も礼ができないのは申し訳ないけど、具合もよくなったから帰るよ」 「アオ、それなのですが、しばらく屋敷に滞在してほしいとのことです」 「えっ」  アオは驚いた。カイルに命令できるような人物は、アオにはひとりしか思い当たらなかった。けれど、シオンがそんなことを望むなんて信じられない。 「で、でも、具合はよくなったし、俺たちがここにいる理由は何もない・・・・・・」  ぐらぐらと気持ちが揺れる。アオは、カイルの言葉を信じたかった。けれど、すぐにそんなことはあり得ないと、自分を見つめるシオンの冷たい表情を思い出す。  アオの迷いは、きっと表情にも表れていたことだろう。落ち着かないようすで視線を泳がすアオに、カイルはとんでもない爆弾を落とした。 「理由ならあります。あなたは、シオンの”運命のつがい”なのですよ」

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