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第15話

 気持ちを自覚したからといって、何が変わるわけではなかった。シオンは相変わらずアオを避けているようで、あの夜のように偶然出くわすといったこともなかった。  アオは、初めて抱いた恋心を、「なかったもの」として処理した。そうしていると、実際にアオ自身も気のせいだと思えるようになった。  カイルとの勉強会が始まって以来、すっかり明るさを取り戻したリコの瞳に、これまでにはなかった自信や明確な意志というものが、見られるようになった。同時に、カイルとの仲もうまくいっているようだった。いまはまだリコが幼いせいか、彼らの間に恋愛感情があるようには感じられなかったが、以前からの知り合いのように仲良く肩を寄せ合っているふたりの姿は、見ていて微笑ましかった。アオはほっと胸を撫で下ろした。リコが幸せそうに笑っていられるなら、それが一番だ。心の中にほんの少しだけ寂しさも感じたが、この際自分の気持ちはどうでもいい。  アオは、そろそろ自分は家へ戻ろうかと考えていた。カイルは、このままアオたち兄弟が屋敷に滞在していてくれて構わないのだという。仕事も、できるならば変えてほしいと。そしてそれはシオンの意志でもあると。  アオはカイルの気持ちをありがたく思いつつも、彼の話自体は懐疑的に受け止めていた。なぜなら、シオンがアオと積極的に関わりを持ちたいはずはないからだ。ただ、シオンが自分の目の届かないところで、アオが面倒な目に巻き込まれることを望んでいないのもまた事実であるようだった。おそらくそれは例の”運命のつがい”とやらが理由だろう。ほかに考えようがない。   本当は俺のことなんかどうだっていいくせに。  アオはふっと自虐的な笑みを浮かべた。  もちろんリコの将来のことを考えるならば、弟はこのまま屋敷で世話になるほうがいいのだろう。ここにいればちゃんとした食事も、必要な知識だって身につけることができる。第一、元の生活に戻って何の得がある? ここにいれば、リコには将来がある。希望が。アオのように、身体を売らなければ生きていけないなんてこともなくなる。  リコはきっと素直にうんとは言わないだろうが、うまく言いくるめる方法などはいくらでもあった。そして、おそらくカイルは、リコが屋敷に残ることを決して迷惑には思わないだろうという思いがアオにあった。  生活費がいくらかかるかわからないが、自分が働いてどうにかなるものならば、払わせてもらえるようカイルに相談してみようと、アオは心に決めた。  その日は朝から曇天が広がっていた。昼過ぎから降り出した雨は、屋敷の中に暗い影を落としていた。仕事を終え、部屋に戻ったアオは、ふと違和感を覚えた。屋敷では使用人がそれぞれの作業を行うため、留守中でも誰かがアオたちのゲストルームに入ることはおかしなことではないのだが・・・・・・。  クローゼットにしまっておいた私物のリュックを引っ張り出したのは、何か意図があってのことではなかった。けれどリュックの口を開けてすぐに、アオは何者かが自分の私物に触れたことに気がついた。  リュックの中身を確かめたが、財布や貴重品に盗まれたものはなかった。自分の勘違いかと思い直して、アオはリュックを元ある場所へ戻そうとした。アオは、ハッとなったように再びリュックを引き出した。  財布のポケットを探るが、目当てのものは見つからない。内心焦りながらも、自分に落ち着くよう言い聞かせて、アオは財布の中身をすべて床にぶちまけた。 「ない・・・・・・」  アオは愕然とした。泣きそうな思いでもう一度確かめる。そのとき、図書室でカイルと勉強をしていたリコが部屋に戻ってきた。アオは慌てて財布の中身をかき集めた。 「アオどうしたの? 何か捜し物?」 「いや。何でもない」  アオは財布をリュックにしまうと、クローゼットの奥に押し込んだ。 「きょうの勉強の進み具合はどうだった?」  リコは一瞬だけ腑に落ちない表情を浮かべたものの、すぐに気のせいだと思い直したらしかった。瞳をきらきらと輝かせて、きょう新しく覚えたこと、勉強の合間にあった出来事などを楽しそうに話し始めた。アオリコの話に相槌を打ちながら、内心ではどうしてという思いが渦巻いていた。  アオの私物から消えた唯一のもの。それはシオンが載っていた雑誌の切り抜き記事だった。  雑誌の切り抜き一枚持っていた理由を問われても、何とでも言い訳はできる。問題は、アオの財布からわざわざ切り抜きだけを盗んだ人物の意図だった。  じわりと不安が胸の中に広がる。まるで大きな氷の塊を呑み込んだみたいに、胸の奥がすうすうとした。  大丈夫。こんなこと何でもない。悪意を持たれることなんて、とっくに慣れている。  けれど最近では屋敷の人たちとうまくいっていると喜んでいただけに、落ち込む気持ちは拭いきれなかった。

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