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第22話

 アオから話を聞いたマリアは、沈黙した。真っ青な顔色のマリアを見て、アオはやはり真実を告げたことは間違いだったかと後悔した。アオがカイルか誰かを呼びにいこうと考えたとき、マリアは震える声で言った。彼が埋葬された墓地にいきたい。お願いアオ、連れていってと。  ヴェニグマ旧市街へは、バスと列車を乗り継ぐ。病み上がりのマリアを人が多い場所へ連れていくのは心配だったが、マリアの意志は固かった。本当ならカイルか誰かに頼んで車を出してもらうのが一番だったが、理由がわかれば反対されるのは目に見えていた。 「少しでも具合が悪くなったらすぐに言って」  列車に乗り込むとき、アオは普段よりも口数が少ないマリアの腕にそっと触れた。 「うん。だいじょうぶ」  ようやくマリアが顔に小さな笑みをのぞかせた。屋敷を出てからずっと気を張っていたアオに向かって、 「シオンやおにいちゃんが怒ったら、ちゃんとわたしのせいだっていうから」  という気遣いを見せる少女に、アオは苦笑した。とっくに覚悟をきめたはずなのに、マリアに不安を見透かされ、気を遣わせてしまったことに情けなさを覚える。アオは小さく呼吸を吐くと、今度こそ覚悟を決めた。もう出てきてしまったのだ。いまさらじたばたしても始まらない。 「大丈夫。こっちこそ心配かけてごめん」  空いた席に並んで腰を下ろした。マリアの手がかすかに震えているのに気がつき、アオは彼女の手を握った。ふたりは手をつないだまま、車窓から流れる景色をぼんやりと眺めていた。  駅からは、タクシーをつかまえた。運転手は話好きな男で、最初はあれこれと話しかけてきたが、アオたちが黙っていると、今度はおかしなやつだとでもいう顔をして、ようやく口を閉じた。  目的の墓地は教会の敷地にあった。ちょうど若いカップルの結婚式が行われていたらしく、教会の入り口でのフラワーシャワーの後に鐘が鳴り響いた。人々の祝福を受けて、あたたかな日溜まりのようなあの場所と、アオたちがいまいるこの場所は、こんなにも近いのに、なんて遠いのだろう。幸福そうなカップルを見つめるマリアの顔色は紙のように白かった。 「いまならまだ戻れるよ」  アオの言葉に、マリアは頬を強ばらせたまま、けれどはっきりと頭を振った。 「だいじょうぶ。いこう」  管理所で墓の場所を聞き、礼を言ってその場を離れる。  青空に肌を撫でる風が心地よい、穏やかな午後だった。緑が多く、まるで公園のようにも見える明るい場所だ。目的の場所に近づくにつれて、マリアの緊張はピークに達そうとしていた。さっきからアオの手を握りしめるマリアの指先がひどく冷たい。  その場にたどり着いたとき、マリアはぎくりと身体を強ばらせた。その目がショックを受けたように大きく見開かれる。 「マリア・・・・・・」  心配になったアオが、マリアの名を呼ぼうとしたそのときだった。マリアは手を離し、その場に崩れ落ちるように膝をついた。 「うああああぁ・・・・・・・・・・・・っ!」  マリアの瞳から大量の涙があふれ出る。突然マリアは、獣の咆哮のような叫び声を上げた。 「あああーー・・・・・・っ! うああーー・・・・・・っ!」  マリアが全身をぶるぶると瘧のように震わせ、慟哭する。それはまさしくマリアの心の叫びだった。 「マリア・・・・・・っ! マリア・・・・・・っ!」  身体を小さく丸めて泣き叫ぶマリアの身体を、アオはぎゅっと抱きしめる。少女の泣き声に、心臓が抉れそうなほど痛んだ。全身で泣き叫ぶ少女を、アオはどうすることもできなかった。 「ごめん・・・・・・っ! マリア・・・・・・っ!」  アオの瞳からもどっと涙があふれた。  いまさら後悔しても、もう遅かった。アオは自分の浅慮を後悔した。戻れるものならば、マリアに過去を話す前にまで戻りたかった。シオンが正しかったのだ。 「うぁああ・・・・・・っ! いやあーー・・・・・・っ!」 「マリア・・・・・・マリア・・・・・・」   アオは大きく喘いで、ぎゅっと顔を歪めた。 「ごめん、マリア・・・・・・」  そのときだった。 「どけ!」  突然突き飛ばされるようにして、アオは地面に転がった。気がつけば血相を変えたシオンとカイルがアオのすぐ目の前にいた。 「マリア! 大丈夫か、マリア!?」  カイルがマリアの背中をさする。少女の姿は、カイルの大きな背に隠れてよく見えなかった。 「シオン、俺・・・・・・」  まさかこんなことになるなんて思わなかった。アオはぶるぶると震えながら、自分を冷たく見下ろすシオンの青い瞳を縋るように見上げた。  ピシャリと音がして、左の頬に鋭い痛みを感じた。 「だから言っただろうが! よけいなことはするなって!」  シオンに打たれたんだ、とアオが気づいたのは、頬がじんと熱を持ったからだった。  悔しいとは思わなかった。もっと殴られたって、蹴られたって当然だ。すべてシオンの言うとおりだった。マリアに取り返しがつかないことになったらどうしよう。  マリアがいま感じている痛みや苦しみは、すべて自分のせいだ。  心配になったアオが、マリアの名を呼ぼうとしたそのときだった。マリアは手を離し、その場に崩れ落ちるように膝をついた。 「うああああぁ・・・・・・・・・・・・っ!」  マリアの瞳から大量の涙があふれ出る。突然マリアは、獣の咆哮のような叫び声を上げた。 「あああーー・・・・・・っ! うああーー・・・・・・っ!」  マリアが全身をぶるぶると瘧のように震わせ、慟哭する。それはまさしくマリアの心の叫びだった。 「マリア・・・・・・っ! マリア・・・・・・っ!」  身体を小さく丸めて泣き叫ぶマリアの身体を、アオはぎゅっと抱きしめる。少女の泣き声に、心臓が抉れそうなほど痛んだ。全身で泣き叫ぶ少女を、アオはどうすることもできなかった。 「ごめん・・・・・・っ! マリア・・・・・・っ!」  アオの瞳からもどっと涙があふれた。  いまさら後悔しても、もう遅かった。アオは自分の浅慮を後悔した。戻れるものならば、マリアに過去を話す前にまで戻りたかった。シオンが正しかったのだ。 「うぁああ・・・・・・っ! いやあーー・・・・・・っ!」 「マリア・・・・・・マリア・・・・・・」   アオは大きく喘いで、ぎゅっと顔を歪めた。 「ごめん、マリア・・・・・・」  そのときだった。 「どけ!」  突然突き飛ばされるようにして、アオは地面に転がった。気がつけば血相を変えたシオンとカイルがアオのすぐ目の前にいた。 「マリア! 大丈夫か、マリア!?」  カイルがマリアの背中をさする。少女の姿は、カイルの大きな背に隠れてよく見えなかった。 「シオン、俺・・・・・・」  まさかこんなことになるなんて思わなかった。アオはぶるぶると震えながら、自分を冷たく見下ろすシオンの青い瞳を縋るように見上げた。  ピシャリと音がして、左の頬に鋭い痛みを感じた。 「だから言っただろうが! よけいなことはするなって!」  シオンに打たれたんだ、とアオが気づいたのは、頬がじんと熱を持ったからだった。  悔しいとは思わなかった。もっと殴られたって、蹴られたって当然だ。すべてシオンの言うとおりだった。マリアに取り返しがつかないことになったらどうしよう。  マリアがいま感じている痛みや苦しみは、すべて自分のせいだ。  三人の姿が墓地から見えなくなるのを、アオは涙に濡れた目で呆然と眺めていた。  シオンたちが立ち去った後も、アオはしばらくその場から動けなかった。  いつの間にか日が落ちかけている。昼間、あんなに温かかった日差しは、すでに影も形もなかった。急に下がった気温に、アオはぶるりと身を震わせた。 「帰らなきゃ・・・・・・」  いつまでもここにはいられない。シオンの屋敷を出るにせよ、このままというわけにもいかなかった。 「カイルも怒ってるだろうな・・・・・・」  自分は、ある意味信用してくれたカイルを裏切ったのだ。見放されても仕方がなかった。けれど、カイルは誠実な男だ。いくらアオに対して怒っていたとしても、そのことをリコに当たるような真似はしないだろう。そうはいえ、屋敷を出る前にもう一度、リコのことをカイルとちゃんと話がしておきたかった。  アオは重たい腰を上げた。  驚いたことに、教会の出入り口でアオを待っていたのは、シオンが手配した車だった。いつからそこに止まっていたのか、運転手は車から降りると、アオの目の前でドアを開けた。 「どうぞ」  さっきはあんなに怒っていたのに、シオンが自分のために車を手配してくれたのかと思うと、アオは胸が詰まって言葉にならなかった。アオはぺこりと頭を下げると、無言で車に乗り込んだ。

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