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第20話 結界
学校に着く頃にようやく、胸のどきどきが収まってきた。
ーー今日の銀ちゃん、なんか変だ…。悪い虫って…なんだろ…?それに銀ちゃんが好きだったのは、女の子と思ってた俺で、今の俺じゃないのに、なんであんな事するの…?
自分で考えた事に俺の胸がちくりと痛む。この痛みが何なのかわからなくて、俺は胸に手を当てて首を傾げた。
教室に入って周りと挨拶を交わしながら、自分の席に着く。すぐ後から入って来た清忠が、鞄を自分の席に置くと俺の傍に来た。
「おはよ、凛ちゃん。昨日はありがと」
「おはよう。昨日は銀ちゃんがごめんね?感じ悪くなかった?」
「え?全然っ。だって、一ノ瀬さんは凛ちゃんと仲の良い俺に、嫉妬してただけだろ。ふふ、意外に可愛いよな、一ノ瀬さん」
「えっ、嫉妬?なんで…」
「凛ちゃんて鈍いよね。そんなとこも可愛いよ」
「どこが鈍いんだよ…。あと、可愛い言うな」
俺が頰を膨らませると、清忠が指で突ついてくる。指が触れた瞬間、弾かれたように指を離して後ずさった。清忠が自分の指を真剣な目付きで見つめる。
「どうしたの?」
「…いや、静電気かな…」
「えっ、俺はなんともなかったよ。大丈夫?」
「…大丈夫。あ、今日俺さ、学校が終わったら早く帰んないといけなくて一緒に帰れないんだよ。ごめんね?」
俺に向かって手を合わせる清忠に、笑って答える。
「いいよ。俺も今日は買い物に行って早く帰りたいし」
「買い物?」
「今日は、俺がご飯作る日。慣れてないから時間がかかるんだ」
「へ〜。凛ちゃんの手料理、俺も食べてみたい」
「もっと上手くなったらな」
そこで授業開始のチャイムが鳴り、清忠は自分の席へ戻って行った。
ーー料理の大半は銀ちゃんが作ってくれるんだけど、銀ちゃんが帰って来るのが遅い日は、不慣れながらも俺が作ってる。あまり美味しく出来なくても、銀ちゃんは「美味しいよ」と全部食べてくれるんだ。でも俺は、もっと美味しく作れるようになりたくて、今頑張っているところだ。
学校が終わると、清忠は俺に手を振り、急いで教室を出て行った。そんな彼の姿に笑いながら、俺も教室を出る。
家の最寄り駅の改札を出て、駅の出口に向かっていると、後ろから声がして振り返った。
そこには、前にもここで会った事のある清忠の兄さんがいた。
「こんにちは。確か、前に清忠と一緒にいた子だよね?」
薄っすらと笑みを浮かべて話しかけてくる。
「あ、はい。俺、椹木って言います。清忠…くんには仲良くしてもらってます」
「ふっ、清忠が仲良くしてもらってるんだろ?あいつが友達の家に行くなんて初めてでね…、驚いたよ。次はぜひ、家にも遊びに来てやってくれないか?」
「はいっ。もちろんです」
「君はいい子だね…」
そう言って、俺の肩に手を置いた。瞬間、彼の手がびくりと震える。彼は眉間に皺を寄せると、俺の肩をぎりぎりと掴んできた。
「…っ、あ、あの…っ」
あまりの痛さに思わず声を上げる。
彼は俺の声に気付くと慌てて手を離して、先程まで俺に触れていた手をじっと見つめた。
ーーあれ…?清忠も同じ反応をしていた…。
俺の不審な目に気付いた彼は、何故かとても楽しそうに笑った。
「いや…悪いね。君が可愛らしいから、つい見惚れてしまったよ…。じゃあ、必ず、家に来てくれよ」
「あ…はい」
彼が頷いて俺から身体の向きを変える時に、小さく「くそ天狗が…」と聞こえたような気がした。
でも、清忠もその兄も、銀ちゃんの正体を知る訳がないんだ。
だから、きっとただの聞き間違いだろうと、この時の俺は気にも留めなかった。
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