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第36話 本当の気持ち

ずいぶんと走って疲れてきたので、小さな川べりに腰を下ろした。体育座りをして、膝に顔を埋める。走っている間に止まったと思っていた涙が、またぽたりぽたりと落ちた。 ーー俺、銀ちゃんに特別扱いされてるって、勘違いしてたんだ…。きっと、間違って花嫁の契約をした俺を、不憫に思ってただけだったんだ…。帰るって言っちゃったけど、どうしよう。鉄さん…、着いたばっかだけど、また送ってくれないかな…。あ、それか浅葱に頼んでみようかな…。 鼻をずずっと鳴らして考え込んでいると、頭上からバサバサッと、大きな羽音が聞こえてきた。 鉄さんが追いかけて来てくれたのかと、ゆっくりと振り返る。見上げた先に、愛しい銀色が見えた。 「ぎ…んちゃん…」 俺は咄嗟に立ち上がり、その場から逃げ出そうとする。いち早く銀ちゃんが俺の身体を捕まえて、勢いよく飛び上がった。 物凄いスピードで、一気に上昇する。俺は抵抗しようにも、力強い腕に抱き抱えられ、その上強い風圧に身動きが取れなかった。 家々が小さな点にしか見えないくらいの高い位置で、上昇が止まった。高い所が平気な俺でも、さすがに高過ぎて身体が小さく震える。 「やっ…こわい…っ」 「なぜ逃げた…」 銀ちゃんと同じ方向を向いて抱き抱えられてる俺に、銀ちゃんの表情は見えない。耳の傍で囁かれる声でしか、銀ちゃんの感情が読み取れない。耳に響く彼の冷たい声に、更に身体を震わせた。 「だ、って…、銀ちゃん、怒ったじゃん。怒ってるじゃん!俺が来たから迷惑なんだろ?だ、だからっ、早く、銀ちゃんの前から消えようと…っ」 一瞬、銀ちゃんの手が離れて身体が宙に浮く。冷やりとした後すぐに、今度は正面から強く抱きしめられた。俺は慌てて銀ちゃんの着物の襟をぎゅっと掴む。 「や…っ、離さないでっ」 青ざめて見上げた俺の瞼に、銀ちゃんがそっと唇を付けた。 「瞼が腫れてる…。俺がおまえを離すわけないだろ…。凛、なんで迷惑だと思ったんだ?」 「だって…っ、俺に来て欲しくなさそうだったし、それに、銀ちゃんにはあんな綺麗な人がいるじゃん!偽物の花嫁の俺なんていらないじゃんっ!」 叫びながら、また涙が溢れ出す。もう…っ、俺の涙腺はどうしちゃったんだろ…。 「綺麗な人…?ああ、茜の事か。あいつはくろの妹だ。つまり俺の従姉妹だ。それにあいつには、ちゃんと契約を交わした相手がいるぞ」 「ふぅ…ぐすっ、え…?」 銀ちゃんが、ぽかんと口を開けて驚く俺の頰に、唇を寄せて涙を吸っていく。 「凛…、もしかして妬いたのか?それに俺に会いたかったと言ってたな…」 「う…っ、あ、あの…、そうだっ、じ、じゃあ、なんで怒ったんだよっ?」 「…ここには俺の事をよく思ってない者達もいる。俺が大事に思ってるおまえに、何かされないとも限らない…。 本当はおまえを連れて来ようかと思ったんだが、心配だからやめたんだ。それなのに、突然目の前に現れて…。しかも、俺じゃない奴に連れて来られて、腹が立った…」 「あ……ごめん…」 急に色々な事が申し訳ないやら恥ずかしいやらで、俺は顔を赤くして俯いた。 「凛…凛…、こっち向いて。俺を見て」 銀ちゃんに言われてそろりと顔を上げる。見上げた先では、銀ちゃんが今まで見た中で一番、綺麗な笑顔を見せていた。 おでこをこつんと合わせて、銀ちゃんが囁く。 「凛…、怒って悪かった。本当は、凛に無理強いはしたくないしどうしようかと迷っていたけど…、凛があんまり可愛い事を言うから、もう我慢しない…。凛…、俺は凛が好きだ。愛してる。だから、契約は解かない。解く気などさらさらなかったけどな…。約束通り俺の花嫁になれ…」

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