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第54話 かけがえのないもの

心隠さんが俺に向かって腕を伸ばし、頰にそっと手を添えた。 「その前に、凛が大事にしてる銀色の羽根って、天狗の羽根だろう?あんな大きな羽根の鳥はいないしね。あの羽根を見る時、凛はとても愛しい目をしてる…。凛は、銀色の羽根の天狗が好きなんだね。胸についてる印は、その天狗と何か契約した?」 心隠さんの言葉に驚いて、そして小さく頷く。 「は、い…。俺、その人…天狗が大好きなんです。胸の印は、婚姻の契約をしたから…。心隠さんは、天狗を知ってるんですか?あなたは、何の妖なんですか…?」 「天狗はよく知ってるよ。その銀色の羽根を持つ彼の事も知ってる…。ふ〜ん、銀色の天狗とね…。それにやっぱり俺の事、気付いてたんだ。俺は鬼だよ。でも、鬼だからと言って悪い事はしない」 「え?銀ちゃんのこと知ってるの?か、彼は男なんですけど…っ、俺…男とか関係なく彼が好きなんです…。それに心隠さんは、鬼…だったんですか…。そんな風に全然思わなかった。だって角もないし、とっても綺麗だから…」 心隠さんはくすりと笑って俺の頰をするりと撫でた。 「へぇ、彼は銀ちゃんって言うんだね。会ったことはないけど、話には聞いたことがある。ふふ、角は人間が勝手に話の中で作ったんだよ。見た目は君達人間と変わらない。別に取って食べたりしないし。…血は飲むかもしれないけど…」 「え…?」 最後の方がよく聞き取れなくて首を傾げると、心隠さんが「そんな事より」と、両手で俺の頰を包んだ。 「さっきの続きだけど、俺が欲しいもの。凛が銀色の天狗と婚姻の契約をしてると聞いて、ますます欲しくなった」 「何が、欲しいの…?」 「甘い匂いがする可愛い人。俺は、凛が気に入ったから凛が欲しい。銀色の天狗をやめて俺にして?」 「え…俺…?」 「ねぇ、銀色の天狗を好きな気持ちを忘れてしまったら、俺を好きになる?試してみようか…」 「え?な、に…。い、嫌だ…っ、やめっ」 心隠さんの手が俺の後頭部に回り、顔が近付いて額をぴたりとつけた。慌てて彼の肩を押すけど、ビクともしない。 眠っている間に嗅いだ覚えのある甘い香りが、ふわりと顔の辺りを漂った。 ふいに眠気が襲ってきて、駄目だと思いながらも瞼が重く、落ちそうになる。 「素直に眠っていいよ。次に目覚めた時には、愛しい天狗への気持ちは忘れてる…。ふふ、どうする?凛」 ーー俺は、どんな事があっても銀ちゃんを好きな気持ちを忘れたりしない…。 そう強く思いながら瞼が落ちないように抗っていたけど、あの甘い香りを吸い込んだら、耐えきれずに心隠さんの胸の中へふらりと倒れ込んでしまった。 俺は蒸し暑くて目が覚めた。起き上がってぼんやりした頭で回りを見る。 ーーあ、そうだ…。心隠さんに送ってもらって家に帰って来たんだった。なんか疲れて眠っちゃってたな…。また、遊びに来るって言ってたし、その時に助けてもらったお礼をしなきゃ。 俺は大きく伸びをすると、部屋を出て下へ降りた。 家の中が静かな事で、同居人の彼がいない事に気付く。 ーーまだ実家なのかな…。 彼の部屋の扉をちらりと見て、動きが止まる。何かとても大事な事を忘れてるように思い、しばらくの間、その場でじっと考え込んでいた。

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