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第86話 予期せぬ再会

俺の頭の奥で警鐘が鳴り響く。どきどきと鳴る自分の心臓の音が驚くほど大きい。 俺の身体は石のように固くなり、ぴくりとも動かす事が出来なかった。じっと動かない俺の頭上から、聞き覚えのある声が降ってくる。 「…噂には聞いていたけど、本当に生きていたんだ…。驚いたよ、凛くん」 ひどく緩慢な動作で、顔をゆっくりと上に向ける。そこには俺を覗き込む、冷たい目をした……。 「く、ろがね…さん…」 あの時、俺を殺そうとした鉄さんがいた。 一瞬、俺の周りの時間が止まる。俺の身体は恐怖で震え、手足の先が急速に冷えていった。 「運がいいんだな…。あの高さから落ちて助かるなんて。それに凛くんから匂ってくるしろの強い匂い…。ああそうか…、しろに抱かれたんだ?」 鉄さんが上半身を屈めて、俺の首に顔を寄せた。 「…ひっ」 小さく悲鳴を上げて、咄嗟に鉄さんの顔を振り払う。俺の手が鉄さんの頰に当たり、舌打ちをした鉄さんに手首を強く掴まれた。 「ちっ、痛いなぁ…」 「あ…や…、離して…っ。痛っ」 腕を引くけど、強い力でぎりぎりと握り込まれ、離すことが出来ない。 反対の手で鉄さんの腕を外そうとした時、黙って見ていた真白さんが、鉄さんの腕を掴んで離してくれた。 「鉄…痛がってるじゃないか。そんな力で握ると、か弱い人間の腕なんてすぐに折れてしまうぞ」 真白さんの言葉に、鉄さんが皮肉な笑みを浮かべた。 「か弱い?こいつは中々しぶといんだ。真白、前に話しただろ?俺の嫌いな人間のこと。その人間がこいつだよ。ちっ、おまえ、なんでこんな奴を助けたんだよ…。ふん、どうせ怪我をしても、すぐにしろが治してくれるんだろ?凛くんにまとわりつく匂いでわかる。しろは、かなりおまえに執着してるようだね」 「ふ〜ん、この子が鉄が邪魔だと言ってた子なんだ。あの強く美しい天狗が選んだという…。そっか…、まあ困ってる人を助けるのは僕の信条だから。でも助ける優先順位はある。なあ、鉄はどうしたい?僕は鉄を優先するよ。ごめんね椹木くん。君に恨みはないけど、鉄の方が僕は大事なんだ」 「そうだなぁ…、この前は最期まで見届けなかったから駄目だったんだよね。今度はきっちりとこの目で最期を……」 2人の会話を聞いて、俺は恐ろしくなる。ようやく動くようになった身体を動かし、慌ててウッドデッキから飛び降りた。 着地した拍子に足首がずきんと痛んだけど、そんな事は気にしていられない。 俺は後ろも振り返らずに、足を引きずりながら木々が生い茂る山の中へと必死で逃げた。

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