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第87話 逃亡
ひたすら歩き続けた俺は、ついに息が切れて動けなくなり、大きな木の根元に座り込んだ。
俺は、はあはあと荒い息を吐く。何度かゆっくりと呼吸を繰り返して少しずつ落ち着いてくると、せっかく手当てをしてもらった足首が、尋常じゃないくらいずきずきと痛むのに気付いた。
ーーいたっ、手当てしてもらう前よりも痛い…はぁ…。
そっと足首に手を添えて、大きく溜め息を吐く。
足首を撫でながら、逃げる時に背後から聞こえてきた2人の会話を思い出した。
『今度はきっちりとこの目で最期を確認したい。真白、おまえの毒なら確実でしょ?僕の為にやってよ』
『ん〜…、あんまり乗り気じゃないけど、鉄の頼みなら仕方ないなぁ。わかった、やるよ』
『それよりあいつ逃げるよ。早く追いかけてよ』
『大丈夫…僕の結界からは出られないから…』
俺はぶるりと身体を大きく震わせて、もう一度溜め息を吐いた。
清忠といる時にすでに怪しくなっていた空は、今にも降り出しそうに真っ暗になっている。少し冷たい空気をはらんだ風が、俺の心と身体を冷やしていく。
ーー清…今頃俺を捜してるんだろうな…。やっぱり清が来るまであそこで待ってれば良かった。はぁ…俺はいつも周りに迷惑をかけてばかりだな。心配かけて、自分では何も出来ない…。
暗い空を見上げてると、顔にぽつりと雫が落ちて、とうとう雨が降り出してきた。
身を隠す場所も無く、あっという間に全身ずぶ濡れになる。俺は為す術もなく、その場で膝を抱えて震えていた。
ーーこうしていても、誰も助けになんか来ない。来るとしたら、鉄さんと真白さんが俺を殺しに来るだけだ。自分で何とかしないと…。
首にかけているネックレスの先の指輪を、ぎゅっと握りしめる。寒さと恐怖でカチカチと歯を鳴らしながら、どうすればいいか考えた。俺はふと、ばあちゃんの事を思い出した。
ーーそうだ。俺が銀ちゃんと会ってるのを知ってから、ばあちゃんが教えてくれた事…。
『凛、銀ちゃんはええ子やからいいけどな、もし他の悪い天狗に会うたら、この言葉を言いや。悪いもんをやっつける魔法の言葉や。ええか?手を貸してみ。指をこうしてこう言うんやで……』
結構長い言葉で、中々俺は覚えれなかったんだ。東京に行って銀ちゃんと会えなくなってからも、ばあちゃんの家に行くたびに教えられた。
『凛は一度、天狗と深く接触しとるから、他の妖も寄って来やすくなっとるかもしれん。いつどこで会うかわからんから、ちゃんと覚えとき』
でも、ばあちゃんが死んでからはずっと忘れてた。
試した事はないけど、鉄さんや真白さんに効くのだろうか?ていうか…そもそもほんとに効くの?ばあちゃん…。
でも何もしないよりはいいか…。
確か…こうして…なんて言ったっけ…。
俺のぶつぶつと呟く声が、雨の音にかき消される。
降りしきる雨の音がうるさくて、俺は2人が近づく足音に気付けなかった。
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