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第127話 帰る約束
銀ちゃんが身支度をしている間も、俺はずっと傍で見ていた。
玄関まで手を繋いで行き、銀ちゃんが俺を抱きしめる。
「じゃあな、行ってくる」
「行ってらっしゃい…。早く帰って来てね。待ってるからね…」
「ああ、約束だ」
俺は大きく深呼吸して銀ちゃんの匂いを吸い込むと、笑って顔を上げた。銀ちゃんも優しく微笑み返してくれた。
銀ちゃんは、真剣な表情に戻って浅葱に一つ頷くと、俺の頰をするりと撫でて玄関を出て行った。
俺は、追いかけたいのをぐっと堪える。ほんとは離れたくない。ずっと触れ合っていたい。でも、銀ちゃんにはやらなくちゃいけない事があるんだから、いつまでも俺の我が儘に付き合わせていてはいけない。
だけど、やっぱりどうしても寂しくなってきて、俺の頰に涙がぽろりと零れ落ちた。
「凛、大丈夫だよ。すぐ帰って来るよ、ね?ほら、俺と喋って待ってよう」
そう浅葱に促されて居間へと戻る。
清忠も呼ぼうと浅葱が連絡したけれど、実家に帰ってるのか連絡がつかなかった。
浅葱と話してると、少し寂しさも紛れて俺に笑顔が戻ってきた。
そこで、銀ちゃんは、俺のばあちゃんの家の事とか気にしないと言ってくれたけど、浅葱がどう思ってるのか気になって、聞いてみた。
「浅葱…、浅葱は俺の事、嫌だとか思わない?」
「なんで?一昨日の事を気にしてる?俺が凛を嫌なわけないじゃんっ。凛は俺の大事な友達だよ。ごめんな、一昨日は嫌な思いしたよな…。でも、俺はどんな時でも絶対に凛の味方だから!」
「浅葱…」
浅葱の言葉が嬉しくて、せっかく止まっていた涙がまた溢れ始める。一昨日から俺の涙腺は壊れてしまったみたいだ。
浅葱が笑ってティッシュを数枚掴むと、俺の顔に押し付けてきた。
「ほんとはハグしたい所だけど、後で銀様が怖いから…。凛、銀様に任せておけば大丈夫だよ。銀様が帰って来たら、凛は可愛い笑顔で迎えてあげたらそれでいいの!しかし、上層部のおじさん達は頭が固いよねぇ。あんな昔の話を出してきて、契約が成立してる2人を離そうとするなんてさ。俺は今回の事では怒ってるんだ。凛、銀様だけじゃなく俺にも頼ってくれていいからな?」
「…ありがと。俺、浅葱が友達で良かった…。あ、ねぇ…、さっき言ってた八大天狗って、何?」
ティッシュで顔を綺麗に拭いて、耳にしてから気になっていたことを聞いた。
「ああ…、八大天狗はね、太郎、僧正(そうじょう)、次郎、三郎、伯耆(ほうき)、相模(さがみ)、前鬼(ぜんき)、豊前(ぶぜん)の8名の強力な力を持つ天狗の事だよ。全国各地に住んでいて、正月は必ず縹様に挨拶に来られるんだ。毎年、次期当主となる銀様も同席する事になってるから、顔を出さないわけにはいかないんだよ」
「へえ〜…、なんかすごそうだね…。銀ちゃん、大丈夫かな」
「大丈夫だと思うよ。ちゃんと納得してもらえるように上手く話してるよ」
「うん…」
俺は小さく頷いて、鼻をすすった。
それから2人でコタツに入って話したり、うとうとと微睡んでいるうちに、陽が陰り始めた。
俺は、そろそろ銀ちゃんが帰って来るんじゃないかとそわそわし出す。
玄関に座って待ってみたり、庭に出て神社の方向を眺めてみたりしたけど、まだ姿が見えない。
周りの景色がだんだんと暗闇に包まれていくのに合わせて、俺の胸の中に不安が広がっていった。
いつしか完全に陽が落ちてしまい、俺は膝を抱えて玄関に座り込む。浅葱が慰めるように、優しく俺の肩を叩いた。
「今日は話が長引いたんだよ。もしかして泊まりかもしれないよ?とりあえず先にご飯食べよ?俺が作るからさ…」
「うん…」
俺はのろのろと立ち上がり、居間へと向かう。
天狗の郷にいる間は、スマホが圏外で繋がらないから電話で確認する事もメールも出来ない。
俺は振り向いて玄関を見つめ、「銀ちゃん…」と小さく呟いた。
結局この日、銀ちゃんは帰って来なかった。
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