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第128話 帰る約束
カーテン越しに外が白み始めた事に気付いて、そっとベッドから降りる。ベッドの横の床に敷いた布団で寝ている浅葱を起こさないように、静かに部屋を出て1階へ降りた。
洗面所で顔を洗って鏡に映る自分を見て、あまりのひどい顔に苦笑いをする。泣き過ぎて腫れぼったい瞼に、一睡も出来なかったせいで、目の下に隈が出来ていた。
もう一度、冷たい水で顔を洗うと、気合いを入れるように両手で頰をパチンと叩いた。
昨夜は、俺を心配した浅葱が泊まってくれた。浅葱は即効で寝てしまったけど、規則正しい彼の寝息を聞いてると、寂しさが少しだけ紛れた。でも、一晩中銀ちゃんの事を考えてしまって、まったく眠る事が出来なかった。
俺は、朝ご飯を準備しようとぼんやりとしながら台所へ入ると、階段を降りて来る足音がして、浅葱が起きてきた。
「ふぁ〜…おはよう、凛。早いね…あれ?」
「おはよう…今、ご飯作るね…」
「いや、いいよ。俺がするから凛は休んでな。その顔…寝れなかったんだろ?」
「え…いや、ちょっと…は、寝たよ…」
「嘘言うな。ヤバい顔してるよ。そんな顔させてるなんて知れたら俺が怒られるから、ほんと休んでて」
「怒られるとしたら俺だと思うけど…。でもじゃあ、任せてもいい…?」
「了解」
浅葱が洗面所で顔を洗って来て、ご飯を作ってる間、俺は居間のコタツに潜り横になる。
明るい朝になって、浅葱と話して、不安な気持ちが紛れたからか、すぐに瞼が重くなって目を閉じた。
肩を揺すられて目を覚ますと、俺が横になってから2時間ほど経っていた。
「ごめん、先に朝ご飯、食べたよ。よく寝てたからさ、少しでも長く寝させてあげようと思って起こさなかったんだ。でも、ちゃんとご飯を食べた方がいいし、そろそろ起きようか?」
浅葱が申し訳なさそうにそう言って、俺の身体を支えて起こしてくれる。俺はぼんやりとして、何度か目を瞬かせた。
目の前には、湯気を立てるご飯と味噌汁、鮭の塩焼きにだし巻き卵が並べてある。それらのいい匂いに、だんだんと食欲が湧いてきた。
「すごい…。浅葱、料理が上手なんだね。いただきます」
「どうぞ」
あったかい味噌汁を一口飲むと、胸の中がぽわりと温かくなった。あまり食欲はなかったはずなのに、食べ始めると夢中になって、あっという間に全部食べてしまった。
お腹がいっぱいになったら、なんだか不安な気持ちは薄れてしまい、今日はきっと帰って来ると前向きな気持ちが溢れてくる。
「ごちそうさまでした。美味しかった。浅葱、ありがと。俺、なんだか元気が出てきたよ」
「なら良かった。『腹が減ると余計に暗くなってしまうから、どんなに辛い時でも絶対にしっかり食べろ』ってさ。そう、銀様が言ってたんだ。だから、凛も食事だけはちゃんとしろよ?」
「え…銀ちゃんが…?そっか…」
ーー俺が元気なかったら、また心配させちゃうもんね…。うん、銀ちゃんは『待ってろ』って言ったんだ、大丈夫。今日は帰って来る。『凛、待たせたな』って言って俺を抱きしめてくれる…。
だけどこの日も、銀ちゃんは帰って来なかった。
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