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第133話 神の使い
冬休みが終わるまで、清忠は毎日家に来てくれた。
まだ天狗の郷の様子はわからないらしく、もう少し待ってくれと言う。
そして未だ、銀ちゃんは帰って来ない。
清忠は、夜も一緒にいてくれようとしたけど、ずっと俺に付き合わせるわけにはいかない。だから、「眠ってる間は、銀ちゃんの事を思い出さないから大丈夫だ」と言って、暗くなる頃には帰ってもらっていた。
ほんとは眠る事なんて出来ない。四六時中、銀ちゃんの事を考えてばかりだ。
俺は毎晩、銀ちゃんの部屋で、銀ちゃんの布団で、銀ちゃんのパジャマを抱きしめて目を閉じる。でも、どんなに銀ちゃんの匂いに包まれていても、少しも休まらない。ますます銀ちゃんが恋しくなり、寂しさで心が痛む。
そして、すべてのものから日に日に銀ちゃんの匂いが薄れていく。銀ちゃんの布団に潜っても、パジャマを顔に押し当てても、確実に匂いが消えかかっている。
今、かろうじて堪えていられるのは、これらの匂いから銀ちゃんを感じれるからなのに。匂いが消えて、銀ちゃんを感じれなくなってしまったら、俺は一体どうなるんだろう…。
冬休みが終わる最後の日、清忠が今日はどうしても来れないと言っていたので、俺は倉橋の神社に行った。
倉橋に陰陽師の話を詳しく聞きたかったから。
俺が神社の入り口の長い階段を登って鳥居をくぐろうとした時、突然、頭上から声が降って来た。
「おい、そこの人の子。おまえと話がしたい」
俺は、肩をびくりと跳ねさせて鳥居を見上げる。
鳥居の上に、白の狩衣姿の男にも女にも見える綺麗な人が、座って俺を見下ろしていた。
俺と目が合うと、綺麗な人がふわりと飛び降りて来て、俺に顔を近付けた。まるで黒曜石のように輝く長い髪に白い肌、少し吊り上がった綺麗な二重、そして筋の通った高い鼻に朱色の唇という整った容姿に釘付けになる。
「ここで話すとおまえが不審な目で見られる。私について来い」
吸い込まれそうな美しい金色の瞳に見つめられて、俺は素直に頷き、身体を翻してすたすたと歩く綺麗な人の後に付いて行った。
神社の本殿から逸れて人気のない裏側へと行く。そこに小さな古い社があって、綺麗な人は扉を開けて中へ入ってしまった。
俺が扉の前で戸惑っていると、顔を出して「早く入れ」と呼ぶ。バチが当たらないかな…と、怯えながら一度お辞儀をしてから中へ入った。
中は、人が2人入ると窮屈になる広さだ。
綺麗な人は片膝を立てて座り、俺は静かに正座をした。
「おまえ、この前に狐のガキと来てた人の子だな?おまえから天狗の精気を感じて興味を持っておった。だが、あの時は鳥居をくぐった瞬間にわかった天狗の精気が、ずいぶんと薄れておるな。最近は抱かれておらぬのか?」
「…っ⁉︎な、なに言って…っ!そもそも、あなたは誰なんですか?」
「おまえが思ってる通りの者だ。おまえ、あの時と比べて顔色も悪いな。何か悩みがあるなら言え。神の使いである私なら助けてやれんこともない」
「…やっぱり、神使の狐…。清忠が恐いと言ってた…」
「なんだ、あの狐のガキはそんな事を言ってたのか。私は神の使いだぞ。恐くなどないわ。ほら、早く言え」
薄暗い社の中で光る金色の目と、有無を言わさない物言いに、清忠が言ってた恐いという意味が何となくわかった気がする。
話さない事には解放されないだろうし、全てを見通されてる気がして、俺は銀ちゃんとの事をすべて話した。
俺の話を聞きながら、綺麗な人はとても楽しそうにしている。もしかして、長い間この神社にいて、暇を持て余してるんだろうか…。
「妖と人間で縁を結ぶとは面白い。しかも男同士とな。しかし、天狗族もしつこい奴らだ。その時の事はなんとのう覚えておるぞ。確か、とてつもなく悪い天狗がいてな、罪のない人間を襲って傷付けたり時には殺めたりしておった。困った人間に頼まれて、賀茂の陰陽師が成敗したのだ。しかしそれに怒った天狗どもが、今度はその陰陽師を殺してしもうた。賀茂の者達も怒ったが、仕返しをしたらまた仕返しをされる。いつまでも連鎖が止まらなくなると、堪えたのだ。賀茂は立派な決断をした」
ふ、と微笑んで細めた金色の瞳に柔らかさを感じて、俺は少し肩の力を抜いた。
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