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第144話 鉄side

その日、夕方になって山から戻って来たしろは、すこぶる機嫌が良かった。にこにことして、何度も自分の手を見たり山を眺めたりしていた。 僕が「どうしたの?」と聞いても「なんでもない」と言って、何も教えてくれなかった。 次の日から驚いた事に、しろは、真面目に勉強に励み出した。父さんは「ただの気まぐれだ」と吐き捨てていたけど、おじさんとおばさんは「やっとやる気が出たのか」と、すごく喜んでいた。 毎日、真面目に勉強をしたしろは、週末になると、朝早くから山に行ったようだった。僕が一緒に遊ぼうと家に行ったら、すでに出掛けた後だった。 そして夕方になってから、また上機嫌で戻って来た。しかも今度は、ずっと頰に手を当ててにやにやしている。 また僕が「どうしたの?」と聞くと、今度は顔を赤くして「なんでもないっ」と顔を背けた。 僕は不思議に思ったけど、その後の1週間は前にも増して、しろは熱心に勉強に取り組んでいた。 それからは、週末になる度にしろはどこかへ出掛ける。一度、出掛けようとした所に僕が訪ねて行って一緒に行きたいと頼んだけど、頑なに断られてしまった。 一体…どこで何をしてるんだろう…。 しろが、頻繁に出掛けるようになってから9ヶ月ほど過ぎた翌年の夏に、妖のエリートが集まる学校へ、しろが行く事になった。「立派な大天狗になりたいから行きたい」と、自分から言ったそうだ。 「しろが行くなら僕も行くっ」と、慌てて僕も入学の手続きを済ませた。 学校は遠くにあって、簡単には郷に戻って来れない。郷を出発する日、遠くの山を見つめて「必ず立派になるから待ってろよ…」と、しろが胸に手を当てて呟くのが聞こえた。 僕は何の事か聞きたかったけど、しろがとても真剣な表情をしてたから、何も言えなかった。

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