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第156話 極夜

俺は、少し眠っては起きてを繰り返していた。その都度、鉄さんが俺の汗を拭き、水を飲ませてくれる。額に置いたタオルが温くなると、すぐに冷水で絞って冷たい物に代えてくれた。 そのおかげか、翌朝には微熱にまで下がり、頭痛も治まってきた。 窓から差し込む光に気付いて目を覚ますと、鉄さんの姿がない。 ーーあれ?帰った…? そう思って身体を起こそうとした時、部屋の扉が開いて、お盆を手に鉄さんが入って来た。 俺は起き上がろうとした姿勢で固まってしまう。 そんな俺にちらりと視線を向けて、鉄さんが布団の横にお盆を置いて座る。そして、俺の背中に手を当てて、身体を起こしてくれた。 「気分はどう?食欲がないかもしれないけど、少し食べようか…」 鉄さんの言葉にお盆を見ると、小さな鍋とお茶碗、水が入ったコップと薬が乗っている。鉄さんが、そっと鍋の蓋を取って、お茶碗にお粥をよそう。そして、お茶碗を持ってレンゲですくうと、俺の口元に運んできた。 「え?あ…いや、自分で食べます…」 「…そう」 鉄さんからお茶碗とレンゲを受け取る。何度も息を吹きかけて、よく冷ましてから口に入れた。 出汁のきいた優しい味と湯気の立つ温かさが身体に沁みて、お茶碗に入っていた分は、ぺろりと食べてしまった。 鉄さんがおかわりを入れようとしたので、「もういい」と断る。俺が「また、後で食べる…」と言うと、少し嬉しそうにして頷いた。 ーー今まで鉄さんにされてきた事を考えると、お粥に毒を入れられていてもおかしくないのに、普通に食べてしまった…。でも、美味しかったし…。昨夜から俺の世話をしてくれたりして、何か企んでる? 俺が黙り込んでいる間に、鉄さんは、お盆を片付けに部屋を出て行った。でもすぐに俺の着替えを持って戻って来た。 「たくさん汗をかいてたから着替えようか。しんどいなら僕が手伝ってあげる…」 「……。」 一瞬、どうしようかと迷ったけど、とても身体が怠かったせいもあり、されるがままにした。 ずぶ濡れだったパジャマから替わっていたトレーナーを脱がされる。鉄さんが素早く、温かいお湯を絞ったタオルで身体を拭いていく。俺の胸の印の辺りで、一瞬手が止まったように感じたけど、丁寧に拭いてくれた。 新しいトレーナーを着て、スウェットのズボンに手をかけられた所で、慌てて「下は自分でやる」と言った。 布団の中で、ズボンと下着を着替えて、脱いだ物を出す。 「喉が渇いたら水はそこに置いてあるから。何かあったら呼んで」 俺の脱いだ服を抱えて、鉄さんはそう言って出て行った。 着替えてすっきりとしたからか、少しだけ気分がいい。 俺は、再び布団に寝転んで、見慣れた銀ちゃんの部屋の天井を見つめて大きく息を吐いた。 ーー鉄さんは何を考えてるんだろう…。何かしようとしてる?それとも、ほんとに親切でしてるだけなの?もう、何も考えたくないのに、混乱する事をしないで欲しい…。 鉄さんの意図が掴めない。銀ちゃんと離れてもなお、俺が憎いんだろうか?それとも別の理由で? 悶々と考え込んでいたけど、何一つ、答えがわからなかった。

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