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第158話 極夜

鉄さんは、主に家事全般をやってくれたので、とても助かった。 銀ちゃんがいなくなってから、俺はろくに食べていなかったから、作ってもらっても胃が受け付けなくて、そんなにたくさんは食べれない。でも、久しぶりに少しずつだけど、まともな食事を摂れるようになって、体力も僅かに戻ってきた。 鉄さんは、俺が学校に行ってる間に時々郷に帰ってるようだった。でも、俺が学校から帰ると必ず家にいる。 夜には帰ってもらいたかったけど、「夜は危険が多い」などと言って泊まっていく。夜は、俺の身体がおかしくなって変な声を出してしまうから、聞かれると困るのに…。 そう俺が心配した通り、何日目かの夜に、俺の苦しむ声を鉄さんに聞かれてしまった。鉄さんは、憐れむような目をして俺を見てきた。 「なあ…、その胸の印のせいで身体が辛いんだろ?それを鎮めてやれるのは、しろしかいない。だけど、新たに契約をし直すという選択も、あるにはある。…凛、僕と…」 「辛いよ…。でも、銀ちゃんが戻って来るまで耐える。もしも戻って来なくて、春になってほんとに婚儀を挙げてしまったら、その時は印を消してもらいに行く。だから、春までは待つよ…」 「どうやって消すんだ?」 「友達の家の神社の神使様が、消してくれる。俺を助けてくれるって」 鉄さんは「そうか…」と言って俯き、それ以上は聞いて来なかった。 鉄さんが身の回りの世話をしてくれるようになって、やっと普段の日常に戻れたような気がしていた。だけど、俺の心はずっと暗闇の中に沈んだままだ。 銀ちゃんと会えない日が続くようになってから、俺には世界が灰色にくすんで見えていた。それはまるで、一日中、陽の昇らない極夜の中にいるみたいだった。 もう、何かを考えるのも疲れた。何かに抗うのも面倒だ。だから、俺を殺そうとした鉄さんが傍にいる事も、許してしまっていた。 俺の家に鉄さんが来るようになって2週間程が過ぎた頃に、久しぶりに心隠さんが尋ねて来てくれた。 天狗の郷の話を聞いて、俺が心配になったそうだ。 「凛が辛いなら、俺の所に来ないか?俺は君の事が好きだから、ずっとそばにいて守ってあげるよ」 相変わらずの綺麗な顔で、俺をじっと見つめてそんな事を言う。 銀ちゃんを忘れてそう出来れば、どれだけ楽だろう。でも……。 「ありがとう…心隠さん。でも、俺はまだ、銀ちゃんと繋がってます。彼を愛してます。だから春までは待ちます。その後の事は…まだ、わかりません…」 「そう…わかった。凛がどれだけ彼を愛しているか知ってるしね。でも、気が変わったらいつでもおいで。俺は、待ってるから」 「待たなくていいですよ…。でも、ありがとう」 心隠さんは、俺を軽く抱きしめて帰って行った。 心隠さんも、俺のばあちゃんの生家の話は知ってるんだと思う。なのに、俺を心配して会いに来てくれた。 俺の周りには、清忠や浅葱や心隠さんのような、優しい妖がたくさんいる。 その事に、俺の暗い心がかろうじて救われていた。 だけど、やっぱり怖い妖もいる。 こんなに無力な俺の前に現れて、簡単に殺そうとするんだ。

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