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第170話 最愛
僧正は頭をぽりぽりと掻きながら、小さく溜め息を吐いて立ち上がった。
「はいはい、帰るよ、次期当主様。しかしなんだ…あいつ、鉄が好きだったのかよ。だから、銀との結婚の話をした時に渋い顔をしたのか…。まあ、あいつが鉄を好きで、その鉄が次期当主になるなら、俺にとっちゃいい話だわな。はあっ、しかしくっそ面倒くせぇな。郷に戻ったらもめるぞこれ…」
「僕が全部、何とかするよ。じゃあな、しろ。もう無茶はするなよ」
僧正が翼を広げて飛び上がると、降り続く雪を跳ね除けて飛んで行く。もう銀ちゃんに刺された足は、気にしていないようだった。前に、銀ちゃんが鉄さんに刺された傷が『すぐに治った』と言っていたように、きっと彼には大した事ではないんだろう。
そして、後に続くように、鉄さんも翼を広げる。
俺は慌てて、鉄さんに声をかけた。
「鉄さんっ!助けてくれてありがとっ。鉄さんが傍にいてくれて…っ、俺は頑張れたよっ」
鉄さんは、俺に振り向いて「凛、……よ」と、何かを呟いた。
よく聞き取れなくて、俺が首を傾げた次の瞬間、顔に風が吹きつける。翼を大きく羽ばたかせて、鉄さんがふわりと空へ舞い上がり、もう一度俺を見てから、ものすごい速さで飛んで行った。
2人が去り、俺と銀ちゃんが静かな雪の世界に残される。
俺がいつまでも鉄さんが飛んで行った空を見てると、銀ちゃんが、俺の頰を撫でて言った。
「凛…よく顔を見せてくれ」
俺は銀ちゃんに向き合うと、銀ちゃんの顔に両手を当てて、じっくりと正面から見つめる。
「銀ちゃん…、ワイルドになったね。ふふ、かっこいいよ」
「凛は変わらず可愛いな。少し…痩せたか。辛かっただろう?よく、頑張った」
銀ちゃんの言葉に、身体中に張り巡らせていた緊張が一気に解けて、俺はまた涙を零した。
甘えるように、銀ちゃんの首に腕を回して顔を埋める。すんすんと匂いを吸い込んでから、顔を上げてへにゃりと笑った。
「うん…銀ちゃんにまた会える事だけを願って頑張った…。だから、ご褒美ちょうだい…。銀ちゃん…俺を、いっぱい甘やかしてよっ。いっぱい、匂いをつけて。銀ちゃんが足りないよぅ…っ」
「ああ、おまえの願いは何だって聞いてやる。俺も、凛が足りない」
銀ちゃんが俺の後頭部を引き寄せ、強く唇を合わせた。深く唇を合わせて舌を絡め、水音をさせてお互いの唾液を交換する。久しぶりの銀ちゃんの熱に、俺の頭と身体は、瞬時に蕩けてしまう。
「ふぁっ、ふぅ、ん…っ」
じゅっと俺の舌を吸い上げて、銀色の糸を引きながら銀ちゃんの唇が離れた。俺は、ぼんやりと濡れて光る銀ちゃんの唇を見る。
俺の口の端に垂れた唾液を銀ちゃんが親指で拭うと、「俺達の家へ帰ろうか」と囁いた。
俺は笑顔で「うん」と頷く。そして「自分で歩くよ」と言って下を見るなり声を上げた。銀ちゃんは、雪の中で何も履いていなくて裸足だった。
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