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第180話 幸福

銀ちゃんが、俺の濡れた頰を親指で拭う。 「機嫌は直ったか?」 「まだ…。もっとしてくれないと駄目…」 「ふ…困った嫁だな」 そう言いながらも俺の顔を持ち上げて、しっとりと唇に吸い付く。 「おい…、そういうのは人目につかない所でやれ」 銀ちゃんの背後から声がして、慌てて銀ちゃんから身体を離す。銀ちゃんは、俺の背中に手を回したまま、憮然として後ろを振り返った。 山の入り口から現れたのは、鉄さんだった。その後ろに縹(はなだ)さんと紫(ゆかり)さん、浅葱が続いている。 「なんだ、しろ…。すっかり翼が元に戻ってるじゃないか。どうやったんだ?」 「凛のおかげだ。凛が、狐の神使に頼んで治してもらった。だが、翼が治ったからといって、俺はもう当主になる気は更々ないぞ」 「へぇ…神使…。わかってるよ。次期当主は僕だと、すでに決定している。今更交代などない。そうですよね?おじさん」 鉄さんが、同意を求めるように背後の縹さんを振り返った。 縹さんは、バツの悪い様子で俺の前に出て来る。何か言いたそうに口をパクパクとさせていると、紫さんに背中を思いっ切り叩かれた。 「あなたっ、ちゃんと凛ちゃんに謝りなさいっ。凛ちゃん、ごめんなさい…。お正月の時、あなたを庇ってあげる事が出来なかった。私の中に、陰陽師を恐れる気持ちが少しはあったのね…。でもね、日が経つにつれて、凛ちゃんの事すごく好きなのに、なんで味方してあげられなかったんだろう、って胸が痛んできたの…。だからね、銀が結界を破って郷を出た時に、この人が追っ手をかけようとしたのを止めたの。私にはそれくらいしか出来なくて…。本当にごめんなさい。ほらっ、あなたもっ」 「う、うるさいっ。わかっておる。…凛くん、すまなかったね…。力のある私達一族は、時には人間を護ってあげねばならぬ、と常々、皆に言っていたんだが、いざ、陰陽師の血筋の者を前にすると、いくらかの抵抗を感じてしまった…。彼らは、妖である私達と、人間でありながら対等に戦える力を持っているからね…」 もう俺を拒絶した時の戸惑いは一切感じる事はなくて、ただただ優しい眼差しを向けてくれている。 「凛くんには、ずいぶんと辛い思いをさせてしまったようだね。今の痩せた君を見て、本当に申し訳ない事をしたと思う。もう、銀と君を引き離したりはしないと約束する。だから、また郷にも銀と共に遊びに来てくれないか?」 「もちろんです…。それに、謝らなくて大丈夫ですよ。天狗一族の皆さんの気持ちもわからなくはないですから…。ただ、この先もずっと、俺が銀ちゃんと一緒にいる事を認めて下さい。もう二度と、あんな思いはしたくない。お願いします…」 俺は銀ちゃんの腕から離れると、二度と引き離さないでという願いを込めて、縹さんと紫さんに向かって頭を下げた。

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