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第181話 幸福
少しの間、辺りがしん、と静かになる。
俺がゆっくりと顔を上げた瞬間、どん!と紫さんが飛びついてきた。その時、ふわりと空気が揺れて、甘い香りが漂った。
「もちろんよっ!こちらからもお願いするわっ。銀の事、よろしくお願いします。凛ちゃんが何者だったとしても、私はやっぱり大好きよ。これからもよろしくね」
「はいっ、よろしくお願いします。ふふ、紫さん、なんだかとってもいい匂いがします…」
「あらっ、どんな?」
「甘い花の香りのような…」
俺以外の皆んなが、一斉に顔を見合わせる。
「まあ…、だってこれは…。自分ではわからないのかしらね」
「そうなのかもしれないな。私達が鼻が良いせいもあるが…」
「凛は意外と鈍感ぽいもんね」
「いいんだ、そこも可愛いのだから。それより母さん、凛から離れてくれないか」
皆んなが何を言ってるのか全くわからなくて、首を傾げる俺から、銀ちゃんが紫さんを引き剥がした。
「銀ちゃん、どういうこと?」
紫さんを押しやって俺を胸に抱き寄せ、銀ちゃんが首筋に顔を埋める。
「ああ…いつもの甘い匂いだ。おまえからいい香りがするという事だ。気にするな」
「え〜っ…、気になるよ…。だって俺から匂うって事でしょ?はっ、もしかして加齢臭…」
「そんなわけないだろ。どちらかと言うと、おっさんじゃなく赤ちゃんの匂いに近いかな。凛は可愛いから」
「えっ、俺、赤ちゃんじゃないよ。今年は17になるんだから、もう大人だよっ」
「……そうか…。こんなに可愛いのに大人か…」
「な、なんだよっ?絶対馬鹿にしてるだろ…っ」
俺が口を尖らせて怒ってるというのに、銀ちゃんはすっごく甘い顔をして、俺の尖った唇に軽く口付けた。
何だかごまかされた気がしないでもないけど、それだけで嬉しくなって、俺の怒りはすぐに消えてしまう。
怒りが消えると今度は恥ずかしくなってきて、銀ちゃんの胸に顔を埋めた。そして、同じく匂いを嗅いでうっとりとする。
「銀ちゃんもいい匂いだよ?頭が蕩けるようないい匂い…」
「俺の匂いをそんな風に感じるのは、おまえだけだ。俺はおまえよりもおっさんだから、どんどん臭くなるかもしれないぞ?」
「いいよ。どんな銀ちゃんでも大好きだし…」
「ふっ、可愛いやつ…」
銀ちゃんが、今度は俺の耳朶にちゅっと口付ける。耳が弱い俺は、背中をぶるりと震わせた。
「おい…だからそういうのは外でやるなと言っただろうが」
「はあ〜」と大きく溜め息を吐いて、鉄さんが銀ちゃんの肩を掴んで自分に向かせる。
銀ちゃんは眉間に皺を寄せて、ものすごく不服そうに鉄さんを見た。
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