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第183話 幸福
「ぎ、銀ちゃん…?」
「おもしろくない…」
「えっ?」
手を伸ばして俺を抱き寄せ、銀ちゃんが紫さんにきつい口調で言う。
「母さん、買い物なら郷の誰かに付いて来てもらえばいいだろう。凛を連れ回すのはやめてくれないか」
「私は凛ちゃんと行きたいのっ。何あんた、心の小さい男ね。ちょっとぐらい、凛ちゃんを貸してくれてもいいじゃない」
「嫌だ。凛は俺のものだ。俺も一緒なら行ってやってもいいが」
「はあっ?あんたみたいな無愛想な大男となんて歩きたくないわよっ。私は可愛い凛ちゃんと歩きたいの。それに凛ちゃんがいいって言ってるんだから。ねぇ、凛ちゃん?」
紫さんが銀ちゃんを睨んだ後に、俺を見て微笑む。
俺は困ってしまって、縹さんや浅葱に助けを求めて目で合図をするけど、2人とも目線を逸らしてしまう。俺は、仕方なく小さく溜め息を吐いて言った。
「銀ちゃん…、俺、紫さんと仲良くしたいし、ちょっとだけだから出掛けてもいい?それに、俺はいつだって銀ちゃんの所に帰って来るんだから…、ね?いいでしょ?」
上目遣いに銀ちゃんを見上げて首を傾げる。銀ちゃんは、一瞬たじろいだ後に、はあ〜と大きく息を吐いた。
「凛に頼まれると仕方がないな…。でも、ちょっとだけだからな。用事が終わるとすぐに帰って来るんだぞ。俺が連絡したらすぐに出るんだぞ」
「うん、わかってる。ありがと、銀ちゃん」
俺がにっこり笑ってお礼を言うと、銀ちゃんは少し眉尻を下げて笑い、俺の頰を撫でた。
何だか最近、銀ちゃんの扱い方が上手くなった気がする。そう思ってるのは俺だけじゃなかったみたいで、浅葱が感心したように俺を見ていた。
浅葱以外の3人は忙しいらしく、今は報告に来ただけですぐに帰ると言う。
山の入り口に向かいながら、まだ言い争っている銀ちゃんと紫さんを、縹さんと浅葱が一生懸命になだめている。
それを俺が苦笑いをして見ていると、後ろから「凛」と呼ぶ声がした。
俺を呼んだのは鉄さんで、振り向いた俺を優しく見つめる。
「凛…今までの事、ちゃんと謝ってなかったね。本当にすまなかった。僕の事は嫌いだろうけど、たまには会いに来るのを許してくれないか?」
「鉄さん。俺はもう、鉄さんのこと嫌いじゃないよ。だから、気にしないで遊びに来てよ。それに俺は、銀ちゃんの翼を見るのが大好きだけど、鉄さんの宝石のように綺麗な翼も大好きなんだ。その翼で、また俺を連れて飛んで欲しいな」
「凛がそうしたいなら、いつでも飛んであげるよ。だけど、そんな事をしたら、しろに殺されかねないな…」
「ふふ、確かに」
2人でくすくす笑い合う。笑いが治まると、鉄さんが真面目な顔をして俺を見た。
「凛…、少しだけ、触れてもいいか?」
「え?別にいいけど…」
どういう事かと首を傾げていると、鉄さんの手が伸びて俺の肩を抱き寄せた。まるで壊れ物を扱うように、そっと俺を腕の中に閉じ込める。
そして俺の首に顔を埋めて、「凛…」と静かに呼んだ。そのあまりにも切ない声に、俺は動く事が出来なかった。すると、俺の首にちくりとした痛みが走る。「んっ…」と声を上げて身じろぐ俺を、一瞬強く抱きしめてから離れていく。
最後に俺の頰をするりと撫でると、山の入り口にいる皆んなの方へ行ってしまった。
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