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第184話 幸福
鉄さんが皆んなの元へ行き、「さあ帰りましょうか」と声をかける。その声に、ようやく銀ちゃんと紫さんの言い争いが収まって、振り向いた銀ちゃんが俺を呼んだ。
「凛、どうした?こっちへおいで」
「…うん」
伸ばされた銀ちゃんの手を強く握って、銀ちゃんを見上げた。少し戸惑った表情の俺を見て、銀ちゃんが大きく目を見開く。そして、先ほどちくりとした辺りに手を当てて、苦い顔をした。
「じゃあな、しろ。また遊びに来るよ。おまえも凛と郷に来いよ。ああ…それは、最後の嫌がらせだよ。それぐらい許してくれよ」
そう言って口の端を上げて笑う鉄さんを、銀ちゃんがぎろりと睨む。
俺は、銀ちゃんが怒り出さないかと、はらはらして見ていた。でも、銀ちゃんは耐えるように大きく息を吐き、「じゃあな、気をつけて帰れよ」と言うと、俺の肩を抱いてくるりと向きを変えた。
俺も慌てて皆んなに挨拶をする。鉄さんと縹さんは小さく頷いて飛び去り、紫さんは何度も手を振っていた。
この場に、俺と銀ちゃん、浅葱が取り残された。
「浅葱、おまえも帰れよ」
「えっ、そんなひどい事言わないで下さいよぅ。俺だって凛と喋りたいんです。あの〜、それで凛の家に清忠も呼んでいいですか?」
「うん!いいよ。俺も、久しぶりに2人とゆっくり話したい。いいでしょ?銀ちゃん…」
俺が甘えるように頼むと、また銀ちゃんは渋々と許してくれる。そんな俺を、浅葱が尊敬の眼差しで見ていた。
家に帰り清忠も呼んで、俺と浅葱と清忠で話してる間に、銀ちゃんは大学へ行った。
単位の心配はないけど、監禁されてからはずっと休んでいたので、一度顔を出して来ると言っていた。
久しぶりの俺の明るい様子に、清忠は涙ぐんで喜んでくれた。
「凛ちゃん、一ノ瀬さんが戻って来て良かったな。日に日に痩せていく凛ちゃんに、俺は何もしてやれなくて辛かったんだ…。ごめんな」
「なんで清が謝んの?ずっと俺を心配してくれて嬉しかったんだから。あっ、そうだ。今度一緒に倉橋の神社に行こうよ。俺さ、ちょっと用事があるんだ」
「えっ!う、う〜ん……。まあ、いいけど…」
「倉橋の神社って?」
すごく嫌々ながら承諾した清忠を見て、浅葱が聞いてくる。
「クラスメイトの家が神社でね、そこの神使が狐なんだよ。清はその神使が怖いから行きたくないみたいだけど。でも、ちゃんと挨拶はした方がいいと思うよ。そうだ、浅葱も来る?」
「へぇ〜、狐の神使…。うん、俺はいいや。郷でやる事もあるし。でも、清忠は妖狐なんだから、それは行った方がいいよね。清忠、どんまい」
他人事だからか、楽しそうに浅葱が笑って言った。
それと2人は、銀ちゃんと再会した日の俺の恥ずかしい声の事は、一言も話さなかった。きっと、銀ちゃんの怖さが身に染みてわかってるからだろう…。
指摘されて恥ずかしい思いをしなくて済んだのは良かったけど、銀ちゃんに対する恐怖が刷り込まれているだろう2人が、何だかとても可哀想に思えた。
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