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第188話 幸福
神使が、笑う俺と倉橋をぎろりと睨む。
「おまえ達の反応の方がおかしいのだ。本来は、私の前に立つ者は皆、この妖狐のようになるのが当たり前だ。あまりの神々しさに動けなくなるのだ。なのに人間というものは……、図々しいというか、肝が座ってるというか…」
「だって、俺は物心付いた頃から知ってるから、今更緊張なんてせえへん。椹木かって、小さい頃からあの天狗と遊んでたんやろ?神の使いだ、って言われても、妖と大差ないよな?まあ…、真葛は妖狐で、同じ種族の格上にいる神使やもんなぁ。そりゃ固まるやろ」
倉橋の言うことに、俺は妙に納得した。
確かに初めて会った時は、少し怖いと思って緊張したけど、あんなに偉大な銀ちゃんの傍にいるからか、今では普通に話せてしまう。でも、清忠にとっては雲の上くらいに偉い狐様なんだろうな…と、慰めるように背後から清忠の肩をぽんと叩いた。
「清…、大丈夫だよ。神使様は優しいよ?とりあえず今日は、会って挨拶も出来たし帰ろっか?」
「…凛ちゃん…」
俺が帰ろうと言ってほっとしたのか、涙目になって何度も頷いた。
「そうするがいい。固まってしまったままだと話も出来ん。まあ、また来い。それと、あの天狗にもよろしくな」
神使の口から銀ちゃんの事が出てきて、胸の奥のもやもやを思い出した。やっぱりちゃんと一言言っておきたいと、俺は口を開く。
「俺、あなたに言いたい事があったんです。あのっ、この間は、銀ちゃんの翼を治してくれて、ありがとうございました。だけど、治すのにキ、キスをする必要あったんですか。他に方法はなかったんですか?例えどんな理由があったとしても、い、いやなんです…っ」
言ってるうちにだんだんと興奮してきて、目に涙が溜まる。
俺の話を聞いて驚いた倉橋が、神使に詰め寄った。
「白、ほんまか?あの天狗に興味があったんか?」
「はぁ〜、あの天狗め、べらべらと話しおって。早く治すには直接力を吹き込んでやる方がよく効く。それだけの事だ。他の意味などない」
「そうやったとしても、椹木は俺の大事な友達や。不安にさせるような事はせんといたって。椹木もごめんな。でも、絶対に何者とも関わらへん白が、天狗を助けたんやろ?それって椹木の頼みを聞いたって事やろ?よっぽど椹木の事が気に入ってるんやわ。だから、許したって」
「おい、蒼…、私に対して上からの物言いをするな」
「文句を言う前に、椹木に謝りや」
「ぐ…っ、う…、わ、悪かったな…。おまえの大事な天狗に触れて。もう二度と触れぬと約束する」
「そういうことやから、ごめんな…」
俺の気持ちをわかって欲しかっただけで、まさか謝られるとは思わなかった。俺は急に恐縮してしまい、勢いよく頭を下げる。
「ゆ、許すなんて、そんな恐れ多い…。俺は、嫌だったっていう気持ちを知ってもらいたかっただけで…っ、謝ってもらおうなんて…、なんか申し訳ないですっ、すいませんっ」
「別に良い。この私が謝ったのだ。ありがたく受け取れ」
「また偉そうに…。椹木、この話はここで終わりでええやろ?」
「…うん。ありがとう、倉橋」
「俺は何もしてへん。それより、真葛がここにいるのが限界ぽいから、そろそろ行こか」
言われて清忠を見てぎょっとする。
人形のように固まりながら、目だけがきょろきょろと忙しなく動いていて、ちょっと気持ち悪かった。
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