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第199話 甘い果実

僧正さんが、俺の目を見て深く頷く。 「そうだ。何の妖かは、見てもわからなかったし聞いても教えてくれなかった。名前は聞いたんだが…忘れちまったな…。俺は何度か、そいつと遊んだ。その時にな、そいつが『自分には特別な人間が存在する。その人間を見つけたら嫁にしてもいいし餌にしてもいい。でも自分は、餌ではなく嫁にしたいと思っている。何十年かに一度、そういう人間が出てくるんだ』と言った。俺が『でもどうやって、その人間が自分のものだとわかるんだ?』と聞いたら、『匂いでわかる』と嬉しそうに笑ってた。その匂いが、とてもうっとりするような甘い匂いらしい。おまえの匂いがそうだとは限らねぇけど、ふと思い出して気になったから伝えに来た。関係ねぇとは思うが、一応、気をつけろよ」 「…はあ。忠告ありがとうございます…。でも、その妖の子供は嫁と言ったんですよね。それだったら女の人じゃないですか?」 「まあな。だけど銀だって男のおまえを嫁にしてるじゃねぇか。用心するに越したことねぇよ」 「そうですね…。わかりました、気を付けます。ふふ、僧正さんて、いきなり刺したりする危ない天狗だと思ってたんですけど、意外に優しいですね。俺、ちょっと見直しました」 僧正さんは、俺の言葉にしかめっ面をして、ふいと顔を逸らす。 「お、俺は威厳のある怖い天狗だっ。でもこの前の事は、さすがに悪かったと思ってる…ていうかっ、知ってて教えないのは気持ちが悪いっていうか…っ。と、とにかくっ、気をつけろよっ。忠告したからな!」 そう吐き捨てると、俺の横を通り過ぎ、早足で神社の方へ去って行った。 天狗一族は、何かの理由があって、俺に怒ったり傷付けたりする。でも、必ず後には、その行為を反省して謝って償おうとしてくれる。だから俺は、例えどんなひどい事をされたとしても、結局は許してしまうんだ。 銀ちゃんの仲間である彼らが大好きだから。 ーーしかし、妖の子供の特別な存在…ねぇ…。たぶん違うと思うけど。俺は男だし。余計な話をしても心配かけさせちゃうだけだし、銀ちゃんには言わなくてもいいかな…。俺が気を付けてればいいんだから。 そう自分の中で結論づけて、まだ怠い身体を休まそうと家の中へ入った。 この時、銀ちゃんに話しておかなかった事を、俺はとても後悔する。

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