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第201話 甘い果実
清忠と購買に向かいながら、先生の話から天狗一族の話に変わる。
銀ちゃんが今年は大学3年生で、すでに携わっている実家の会社の仕事の一つを任されてるとか、鉄さんの挙式が、準備にもう少し余裕をもたせる為に、7月に延期になったとかの話をした。
「へぇ〜、結婚ねぇ。俺は可愛い子なら、妖狐でも人間でもどちらでもいいな。凛ちゃんも式挙げるんだろ?高校卒業してから?」
「清ならきっといい子が見つかるよ。うん…、俺、大学に行って、銀ちゃんの仕事を手伝えるようになりたいから、大学を出てからかな…。ってか、別に挙げないかもしれないよ?だって…男同士だし…」
だんだんと声が小さくなるにつれて俯く俺の頭を、清忠がぽんぽんと撫でる。
「でも、一ノ瀬さんは絶対に挙げるって言ってるんじゃない?好き同士なんだし好きなように挙げたらいいんだよ。その時は、俺を一番に招待してくれよな!」
「清…。うん、わかった。でもまだまだ先の話だよ」
清忠との会話で、何年か先の幸せな未来を思い描いて顔を綻ばせながら、階段を降りようとした時だった。
足を一歩前に出した瞬間、階段の下から強い力で引っ張っられて、俺の身体が前に飛び出した。
「えっ?凛ちゃんっ!」
清忠の悲痛な叫び声を聞きながら、階段の下へと落ちて行く。なす術もなく、固く目を閉じて衝撃に備えた。
どんっ!という衝撃を受けて、薄っすらと目を開ける。衝撃の割に身体のどこも痛くなくて、何か柔らかいものが俺の身体の下にある。慌てて身体を退かせると、そこには「いってぇ〜、大丈夫か?」と苦笑いする久世先生がいた。
「えっ?あっ、す、すいませんっ。俺っ、どうしようっ。先生、大丈夫ですかっ⁉︎」
動揺する俺を、先生が腕を伸ばしてふわりと抱きしめる。
「まあ落ち着け。俺は大丈夫だから。それより、椹木は大丈夫だったか?」
「…はい…」
少し震えて答える俺の背中を、先生が優しく撫でる。
「そっか。椹木が無事ならそれでいい。それにしても階段から落ちるなんて…。もしかして、椹木ってドジなのかな?そんなんじゃあ、ますます目が離せなくなる…」
そう言う先生から身体を離して、俺は口を尖らせた。
「俺はドジじゃないです…。だって、今のは下から何かに引っ張られ…」
「…っ、痛っ!」
俺の言葉を遮り、久世先生が、左腕を押さえて顔をしかめた。
「えっ、どうしたんですかっ?」
「あ〜…、ちょっと腕を傷めたみたい。まあ、大した事ないと思うけど」
「そんなっ、俺…どうしたら…っ」
「大丈夫だって。でもそうだな…、じゃあ、これからも俺の手伝いを遠慮なく頼んでもいいかな?」
「…はい。俺に手伝える事なら言って下さい。すいませんでした…」
「そこは、助けてくれてありがとうって言って欲しいな」
「…っ、助けてくれて、ありがとうございます…」
「ふふ、素直。大事な生徒を守るのは当たり前だよ。特に椹木はね…」
久世先生はそう言うと、俺を立たせるのと同時に立ち上がり、服をはたいて去って行った。
先生が去った方角をぼんやりと見てると、いつの間にか隣に来ていた清忠に話しかけられる。
「凛ちゃん…、今の…」
「清も驚かせてごめん。俺は何ともないから心配しないで。でも、もう食欲無くなったし教室に戻るよ。清は購買に行って来てよ。ごめんね…」
驚き過ぎて、俺の心臓がまだばくばくいってる。少し気分も悪くなってきた俺は、身体を返して、ふらふらと落ちた階段を逆に登り始めた。
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