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第205話 甘い果実

途端に清忠の身体に力が入ったのがわかった。 強い風に一瞬目を閉じる。ゆっくりと開けた俺の目に、清忠の大きな耳と尻尾が映った。 空に向けた清忠の両手に、大きな赤い炎の玉が浮かんでいる。 「てめぇっ、何者だよ?人間じゃないよなっ。でも、妖の気配も感じなかったぞ…」 「おまえのような格下の妖に、俺の気配がわかるわけがない」 「はっ!舐めんじゃねえっ」 清忠が、両手を前に振って、屋上に出て来た久世先生に火の玉を投げつける。先生に当たる寸前、先生の背後から大量の水が吹き出てきて、火の玉を飲み込んだ。 「なんだ…?水…?」 もう一度、両手の上に火の玉を作りながら、清忠が訝しげに呟いた。 先生は、スーツのジャケットを脱いで、地面に落としながらゆっくりと近付いて来る。コツコツと足音が響くたびに、俺の震えが大きくなっていく。 清忠が火の玉を投げつけながら、地面を蹴って先生に向かって飛んだ。また背後から出てきた水に火の玉を飲み込まれた直後、清忠が手を大きく振りかざし、長く尖った鋼のような爪で先生を斬りつけた。が、さっきとは比べ物にならない大量の水をぶつけられて、清忠の身体が弾き飛ばされる。 「うわぁっ!」 「無駄だ。何をやろうと、おまえは俺には敵わないと言っただろう」 「くっそ…、やっぱおまえムカつく…っ」 「清…っ」 清忠は、顔をしかめながら、地面に叩きつけられた身体を起こして、更に指の爪を長く尖らせた。 「おまえ…、水を使うって事は、水に関係する妖だな。なんだ?河童か?」 清忠の言葉に先生の眉毛がぴくりと上がる。 「はあっ?あんな気色の悪いモノと間違えんなっ。俺はもっと高貴な存在だ。一介の妖狐のおまえは、目にする機会などなかっただろうな。今、俺に会えた事を感謝するがいい」 「おまえに会った事を嫌悪しても感謝する事はねーよ。勿体ぶらずに早く正体を見せろよ。それとも見せれないほど、醜いのか?」 「はっ!それほど高貴な俺の姿を見たいのか。いいぞ、俺の姿を見てひれ伏せ、狐」 そう言うなり、先生の背後に大量の水が渦巻き高く舞い上がる。その水が、長いヒゲに大きな口、そこから覗く尖った牙、鋭い目に鋭い角、青光りする鱗に覆われた長い身体の形になった。 その姿はまるで、昔話に出て来る龍の姿によく似ていた。 ーーえっ?先生は龍だったの?うそ…。 水で形作られた龍の前で、先生は高笑いをする。 「ははっ!これが俺の真の姿だ。どうだ、狐。冥土の土産に俺の姿を見れて良かったな。さて、そろそろ始末して、凛を連れて行くか…」 「させねぇっ」 龍を見て一瞬怯んだ清忠だったが、すぐに鋭い目付きになり先生に向かって突進していった。

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