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第207話 水の檻

振り向いた先生の向こう側に、左手で血に染まったお腹を抑え、右手の長く尖った爪から血を滴らせた清忠が立っていた。 清忠と向かい合う先生の背中が深く抉られて、真っ赤に染まっている。 俺は何が起こったのか理解出来なくて、その場から一歩も動く事が出来なかった。 「ぐぅっ…、くそっ、油断した…っ。おまえよくもっ!覚悟しろよっ、クソ狐がぁっ!」 「へっ、望むところだ…」 血だらけで、立ってるのがやっとの清忠に、もう戦える力なんて残ってるわけがない。 俺は願いを込めて、声を絞り出す。 「清…、頼むからもうやめて。俺、さっき倉橋にも連絡したんだ。もうすぐ来てくれるから…。白様ならきっと傷を治してくれるから…。俺を守る為に命を落とすような事はしないでっ」 「凛ちゃん…、が…そう、思うように…俺だってっ、俺の為に…凛ちゃんが、危険に身を晒す、のは…耐えられない…っ。だからっ…俺の、好きなように…するっ」 「と、言う事だそうだ」 そう言うなり、先生が何本もの水の刀で、清忠の身体を突き刺した。 「がっ、は…っ!」 「清っっ‼︎」 清忠を串刺しにした直後、刀は水となって清忠の身体を濡らしてゆく。目の前で、清忠の身体がスローモーションでゆっくりと倒れていく。地面に身体を打ち付けて、一度バウンドしてからぴくりとも動かなくなった。清忠の周りにじわりと血の海が広がる。 「あ…あ…っ、うそ、…だ」 俺は震える自分の身体を抱きしめて、ぽろぽろと涙を流す。「清、清…」と繰り返し呟く俺を、先生が背後から抱きしめて、「今度こそ静かになったね。さあ、行こうか」と囁いた。 涙で視界がぼやけて清忠の姿が滲むとともに、過呼吸で息が出来なくなる。 認めたくない現実から逃れるように、俺は、そこで意識を失ってしまった。

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