211 / 287

第211話 水の檻

俺は、はだけないように浴衣の前をきっちりと合わせ、よろよろと震える足でドアの前まで行き、ドアノブに手をかけた。 少し、外の様子を伺ってからゆっくりと押し開ける。俺の目の前一面に水の幕が広がる。 そっと手を伸ばして水に触れた。そのまま前に突き出すと、水の中に手が入っていく。一旦手を抜いて、濡れた腕を見た。目の前の水は、上から注ぐ太陽の光できらきらと輝いている。 ーーこの水の中に入って、上まで泳いだら逃げれるんじゃないか? 俺は浴衣の裾を膝の上で固く縛り、一度大きく深呼吸をしてから水の中に入ろうとした。 しかし、どうやっても入る事が出来ない。腕まではすんなりと入っていくのに、身体を押し込もうとすると、弾かれて部屋の中に押し戻されてしまう。 何度も身体を押し付けたり、部屋の中ほどから助走をつけて飛び込んだりしたけど、全く水の中に入る事が出来なかった。 ただでさえ弱っている身体が余計に疲れて、部屋の真ん中で座り込んでしまう。 ーーなんで水の中に入れないんだ?これって結界が張ってあるってこと?じゃあ、あの天窓から出ても同じなのかなぁ…。 天窓の上の、光を明滅させて揺らめく水をじっと眺めて考える。 でも、天窓から逃げれるとしても、天窓まで登る方法がない。 「どうやったら出れるんだよ…」 俯いてぼそりと呟いた俺の目に、床に射し込む光に写る俺の影の他に、もう一つの影が写った。不思議に思って再び、天窓を見上げる。 「ひ…っ!」 俺は顔を引きつらせて大きな声を上げた。天窓の上から、尊央が俺を見下ろしていた。 こんなに早く戻って来たのかと身体を震わせていると、尊央の顔が、天窓からすっと消える。少ししてドアの外の水の中を通り抜けて、部屋に入って来た。 水の中を通って来てるのに、尊央は少しも濡れていない。 座ったまま後ろに退がる俺に、黒のシャツ姿の尊央が無言で近付いて来た。 もしかしてまた昨日みたいな事をされるのか、それとももっとひどい事をされるのかと、俺は身体をがたがた震わせる。 尊央は、俺のすぐ目の前までやって来ると、身体を屈めて俺の顔を覗き込んだ。 「あ…、や…っ」 「…大丈夫だ…」 恐怖と嫌悪で涙を滲ませ、腕で尊央を遮ろうとする俺に、穏やかな声がかけられる。その声に何か違和感を感じて、俺の身体の震えがぴたりと止まった。 ーーあれ?声が…。それに、なんで着替えてるんだろ…?髪の毛も、少し伸びてる? 俺は腕を下ろして、じーっと尊央らしき人を見つめた。あまりにも俺が見つめるもんだから、彼がふっと笑って俺の頭にぽんと手を置いた。

ともだちにシェアしよう!