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第212話 水の檻

彼は、頭から離した手を俺の肩に置くと、ゆっくりと静かな声で話し出した。 「椹木 凛…だな?もう大丈夫だ。怖がらなくていい。俺は、尊央じゃない。尊央の双子の兄の蔵翔(くらと)だ。尊央が…ひどい事をしたようだな。俺は、君をここから出してやる」 「え…?お、兄さん…?」 姿は尊央にそっくりだけど、違和感を感じたのは違う人物だったからだ。 どちらかと言うと、尊央よりも冷たい雰囲気のこの人に、俺は付いて行っても大丈夫なのだろうか? 俺の不安が顔に表れていたのか、尊央にそっくりな彼は、ズボンのポケットからある物を取り出して、俺の目の前にかざした。 「俺は、この羽根の持ち主に頼まれて来た。俺を信じて付いて来い」 「そ、の…羽根…っ。ほんとにっ?」 「ああ。正確には、ある天狗経由で頼まれたんだがな。まあその話は後だ。早くここを出るぞ。尊央が戻って来ると面倒だ」 「…はい」 俺に差し出された銀色の羽根を受け取り、両手で強く握りしめる。 ーー銀ちゃん、ちゃんと見つけてくれた…。早く会いたいよ…っ。 くらとさんが俺を立たせて苦笑いをする。 「…尊央の趣味はわからんな…。まあ、似合っているとは思うが」 そう言って俺の浴衣を整えると、自分のズボンのベルトを外し、帯の代わりに俺の腰に巻きつけた。 「とりあえずはそれで我慢してくれ。じゃないと、すぐに捲れて裸になってしまうからな。俺がおまえを抱いて一気に地上へ出る。しっかりと俺に掴まって、腕を離すなよ」 「はい」 くらとさんの言葉に、力強く頷く。 彼の腕が俺の背中に回り、しっかりと抱き寄せた。ふと、くらとさんの動きが止まって、小さく呟く。 「ああ…確かに俺達が求める匂いだな。尊央が強く欲したのもわからなくもない…」 「え…」 彼もまた、俺を欲しいと思ったのだろうかと不安になり、身体を固くする。そんな俺の様子に気付いたくらとさんが、ふっと笑って耳元で囁いた。 「心配しなくてもいい。安心しろ。俺は尊央みたいに、おまえを自分のものにしようとは思わない。おまえには、大事な相手がいるのだろう?」 「はい…、その人は、俺の全てです」 「そうか。では、その相手の元に返してやろう」 俺とくらとさんを包むように水流が巻き上がり、あの屋上で尊央が出したような水の龍が現れる。 尊央は、青い色の龍だったけど、くらとさんの龍は、全身を覆う鱗が黒く光っていた。 口を開けて龍を見上げる俺に、くらとさんはくすりと笑うと、「行くぞ」と言って飛び上がり、天窓を突き破りながら一気に上昇した。

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