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第243話 天狗の花嫁

最初に乾杯をしてから食べ始める。チキンはハーブの香りが効いて、皮もパリパリとよく焼けていてとても美味しい。カボチャやレンコンなどの焼き野菜が乗ったサラダも美味しくて、どんどんと口に入れていく。パンも焼きたてらしく、ついつい食べ過ぎてしまった。 最後のデザートを食べ終わった頃には、俺はかなり苦しくて、銀ちゃんに凭れてゆっくりと深呼吸を繰り返していた。 「凛、大丈夫か?おまえ、普段の倍は食べたんじゃないか?」 「…だって…美味しかったから…。はぁ…、でも、晩ご飯はいらない…。明日の朝も…いらない…」 「まあ、食べれたら食べろよ?」 「無理…」 銀ちゃんと小声でやり取りをしていると、前からくすりと笑う声が聞こえた。 俺は少しだけ顔を動かして、前を見る。心配そうに俺を見る茜さんの隣で、翠さんが呆れた様子で俺を見ていた。 「あなた、男の子だものね。よく食べるわね。銀様の花嫁だったら、もう少しお上品に召し上がらないとね」 くすくすと笑いながら話す翠さんの目が、俺を明らかに見下している。やはり最初に感じた通り、俺の事は歓迎してないようだった。 「翠、言い方に気をつけろ。凛は美味しいからたくさん食べただけだ。それに出されたものを残すのは、作ってくれた人に悪いと言って、なるべく残さないように食べるんだ。どうしても食べれない時は、俺に頼んでくる。今日全部食べたのは、それほど美味しかったからだろう?」 「うん…すごく美味しかった。鉄さん、ありがとう。ご馳走様でした」 「喜んでもらえて良かった。僕もこの料理は好きなんだ。楽になるまで休んでいくといい」 「うん…。でも、鉄さんは準備が終わってると言っても、やることがいろいろあると思う。だから帰ります。食事に誘ってくれてありがとう。明日、楽しみにしてるね」 「俺も、家でゆっくりと凛を休ませたい。慌ただしくて悪いが帰るよ。茜と翠も、明日な」 「ええ、お気をつけて」 茜さんと翠さんにお辞儀をして、銀ちゃんに肩を抱かれて部屋を出る。玄関で靴を履こうとしたところで、見送りにきた鉄さんが、「あっ」と大きな声を出して、銀ちゃんを呼び止めた。 「しろ、ちょっとだけいいか?忘れてた事があるんだ。凛、悪いけど少し待っててくれる?」 「うん、いいよ。ここに座っててもいい?」 「ああ、すぐに済むよ。しろ…」 「わかった。でも早くしてくれ。凛、そこを動くなよ?」 「ふふっ、大丈夫だって」 銀ちゃんが何度も俺に振り返りながら、鉄さんの後について行った。 俺は、重いお腹をさすりながら、玄関に腰掛けて目を閉じた。 「あら?凛さん、どうしたの?」 いきなり声が降ってきて、俺は肩を跳ねさせて目を開けた。声が聞こえた方を振り向くと、茜さんと翠さんが不思議そうに俺を見ている。俺はドキドキと鳴る胸を押さえて、茜さんを見た。 「あ…、鉄さんが銀ちゃんに用事があるとかで、奥に入っちゃったんです。すぐに済むらしいので、俺はここで待ってるんです。あの…翠さんも帰るんですか?」 「そうなの。まだ明日に着る着物を選んでないから、これから帰って決めるんですって」 「へぇ…。お二人とも綺麗だから、すごく似合いそう」 「ふふ、ありがとう。凛さんも似合いそうよ」 「いや…俺は…」 「似合ってても、男物だし地味よね。私たちみたいに華がないわ」 翠さんが一歩俺に近付いて、とても冷たい目で俺を見下ろしながら言う。 「…っ、お、俺は男だし派手な格好は出来ないから…」 「そうよね、あなたは男だもの。男のあなたが、なぜ銀様の隣にいるの?あなた、胸もないし子供も産めないでしょ?当主にならなくてよくなったとはいえ、銀様の素晴らしい遺伝子を残せないなんて、許せないわ」 「えっ…」 「ち、ちょっと…っ、翠、何言ってるの?」 茜さんが翠さんの腕を掴んで止めようとしてくれる。 「私ね、ずっと考えてたのよ。銀様は、結界を破って郷を飛び出してしまうぐらいにこの人が好き。この人も、銀様と契約を交わしてるから離れられない。でも二人の間には子供が出来ない。なら、子供は私が産んであげようと思ったの。ね、いい考えじゃない?あなたは産めないんだから仕方ないわよね?だから、私が銀様と子供を作ることを認めてくれないかしら?」 「こ、ども…」 「そうよ、子供。銀様の子供なら、きっととても綺麗な子供よ。明日、鉄様の式が終わったら、銀様にお願いしてみようと思うの。あなた、邪魔しないでね?」 途中から俺の頭の中は真っ白になって、彼女が何を言ってるのかもよくわからなかった。 気がついたら俺は茜さんに抱きしめられていて、声を殺して泣いていた。

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