244 / 287
第244話 天狗の花嫁
「翠、もう帰って。凛さんの前から早く消えて。あなたが銀様を好きな事は知っていたけど、だからと言って凛さんを傷つけていいって事はないのよ?そんなことしても、銀様に嫌われるだけよ」
「そんなのっ、わかんないじゃない!それに、私はべつに別れろなんて言ってないわよ。ただ、子供を作れないこの人の代わりに、私が作ってあげると言ってるだけよ。まあいいわ、明日はとびきり綺麗な私を見せて、銀様を虜にしてみせるからっ!」
翠さんが叫んで玄関を飛び出して行った。
俺は滲む視界で、ぼんやりと彼女の後ろ姿を見る。
茜さんがハンカチを取り出して、俺の顔を丁寧に拭いてくれた。
「ごめんなさい、凛さん。彼女、普段は明るくていい子なの。でも、昔からずーっと銀様の事を想っててね、銀様の花嫁の話を聞いた時に、しばらくひどく落ち込んでいて…。でも最近は吹っ切れて元気になってたはずだったの。だから、あなたと会わせても大丈夫だと思ったのだけど…。まだ諦めてなかったのね。私が彼女を連れて来たせいで、あなたを傷つけてしまったわ…ごめんなさい…」
頭を下げて謝る茜さんに、俺は無言で首を振る。
「茜さんのせいじゃない」と言いたいけど、今、口を開くとせっかく止まった嗚咽がまた漏れ出しそうで、俺は涙を流して首を振り続けることしか出来なかった。
その時、バタバタと足音が聞こえて、俺の身体が力強い腕に抱きすくめられた。俺は安心からか、また声を漏らして泣き出した。
「凛っ、どうした?なんで泣いてる?」
「茜、何があった?」
茜さんが責められたら困ると、顔を上げて銀ちゃんを見るけど、しゃくり上げるだけで言葉が出ない。
銀ちゃんはとても困った顔をして、俺の濡れた頰に口付けた。
「凛、大丈夫だから、落ち着いたら話してくれ」
「ふ…う…っ」
「そんな甘い銀様の姿を見たら、あの子も諦めるかもね…」
「「…翠のせいかっ!」」
茜さんの呟きに、銀ちゃんと鉄さんが同時に叫んだ。
ともだちにシェアしよう!