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第251話 天狗の花嫁

夜中に尿意をもよおして目が覚めた。半分寝ぼけながら辺りを見回して、ここが天狗の郷の銀ちゃんの実家だと思い至る。隣を見ると、俺に腕を絡めて銀ちゃんが眠っている。その端正な寝顔を見て、俺はしばし、幸せを噛みしめていた。 ーー銀ちゃんかっこいいな…。はっ、そうだ、トイレに行きたいんだった…! 俺は銀ちゃんの腕からそっと抜けると、身体を起こしてトイレに行こうとする。途端に腰に鈍痛が走り、思わず声を上げそうになった。 慌てて手で口を押さえ、銀ちゃんを起こさないようにゆっくりと這って部屋を出る。部屋を出てすぐの所にあるトイレに入り、用を済ませて、また這って銀ちゃんの傍へ戻った。 トイレに行っただけで疲れた…と、小さく溜息を吐く。闇に慣れてきた目で、障子から入ってくる月明かりに照らされた銀ちゃんを見た。ふと、銀ちゃんが着ている俺とお揃いのパジャマの肘辺りが赤く滲んでいることに気付き、袖をめくってみた。そこには、薬を塗ってるようだけど、少し抉れてまだ血が滲んでいる傷があった。 「これ…、契約した時の?…俺のは銀ちゃんがすぐに治してくれたけど、これは?治さないの?」 傷を見て、俺の中に本当に入ったんだ実感して、またお腹の中が熱くなった気がした。俺は数回お腹を撫でた後に、傷口に顔を寄せて、ペロリと舐めた。 「…っ!な、んだ…、凛?」 傷口がしみたのか、ピクリと腕が動いて銀ちゃんが起きた。ちゅうちゅうと傷口を吸う俺を見て、呆れた様子で聞いてくる。 「…こんな夜中に、何をしてるんだ?」 もう一度ペロリと舐めると、俺は眉尻を下げた顔を銀ちゃんに向けた。 「だ…って、銀ちゃんの傷、治ってないじゃん。俺のだけ治して、どうして自分のは治さないの?」 銀ちゃんが、俺の身体を引き上げて唇に口付けると、間近で俺を見つめて言う。 「おまえの甘く柔らかい肌はいくらでも吸えるが、自分の肌は吸いたくない。それに、この傷を見るたびに、おまえの中に俺が入ってる事を再確認して嬉しくなる。だから、このままでいいんだ」 「ええ〜、ズルいっ。じゃあ俺もそうしたかった…」 「駄目だ。おまえの身体には傷を残したくない」 「そんなの勝手だよ。銀ちゃんはいっつも、自分を蔑ろにして俺だけを守ろうとする…」 「当たり前だろ?俺よりおまえの方が大切なんだから」 「俺だってそうだよ」 「ふ…、おまえは…本当に際限なく可愛いな。ほら、そんなに口を尖らせてると、そんな顔になるぞ?それにさっき舐めてくれてたんだろ?だからすぐに治る」 「ウソだ。俺にそんな力ないもん…」 「そんな事はない。ほら、もう血が固まってるだろう?」 「ほんと?」 「ああ。明日、凛が薬を塗ってくれ。そうすれば治りも早い」 「うう…、何かごまかされてる気がするけど…、わかった。俺が念を込めて塗ってあげる」 「ふ、本当に愛しいな…。まだ朝まで時間がある。明日は疲れるだろうから、もう一度寝るぞ」 「うん…、俺、トイレに起きちゃったんだ。起こしてごめんね?おやすみ…」 「おやすみ」 挨拶をして銀ちゃんに抱き寄せられると、すぐに瞼が落ちて、再び眠りについた。

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