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第256話 天狗の花嫁

銀ちゃんが、俺の肩をしっかりと抱き寄せる。そして、髪の毛にキスを落として、感嘆の声を上げた。 「凛…、ここまで見事に花びらを出せるなんて、すごいじゃないか。こんなに綺麗な桜吹雪は見た事がない。ありがとう…」 「ふふ、なんで銀ちゃんがお礼を言うの?俺の方こそ、ありがとうだよ。俺一人じゃ、花びらを出せても飛ばせなかった。銀ちゃんが空高く飛ばしてくれたから、こんなに綺麗に舞ってるんだよ?俺、倉橋みたいに、陰陽師の素質がある訳じゃないから、上手くいかなかったらどうしよう…って心配だったけど、良かった。皆んな、笑顔になってるから、喜んでくれてるよね?」 「ああ、喜んでるさ。ほら見てみろ。凛が一番喜んでもらいたかった、鉄と杏の顔。今日一番の笑顔じゃないか?」 銀ちゃんに言われて、鉄さんと杏さんに目を向けた。2人とも空を見上げて笑っている。「良かった…」とほっとしていると、ふいに杏さんが俺を見て、何かを言った。 よくわからなかったけど、俺は笑って頷いた。 銀ちゃんが俺を見て、「ほらな」と笑う。俺は首を傾げて、「杏さん、何て言ったの?」と尋ねた。 「『ありがとう。私は桜が大好きだから、式の日取りが延びて残念に思ってた。だから、この美しいプレゼントはとても嬉しい』と言ったのだ。きっと杏にとって、最高の日になったに違いない。凛、良かったな」 「ほ、ほんとに…っ?よかったぁ…」 誰かを想ってした事を、心から喜んでもらるのは本当に嬉しい。 俺がばあちゃんから受け継いだかもしれない陰陽師の力。何も妖と対抗するだけのものじゃない。もし力を使うのなら、こういう幸せな気持ちになる為に使いたい。 いろんな想いがごちゃ混ぜになって、俺の視界が滲んでいく。俺が胸を熱くしていると、「凛」と銀ちゃんに呼ばれた。 「なぁに?」 鼻を啜りながら返事をして銀ちゃんを見ると、銀ちゃんが俺の左手を取って、薬指に指輪をはめた。 「あっ!これ…っ。ど、どうしたのっ?俺っ、もう戻らないと思ってっ…」 「尊央に取られたんだろ?くろが、尊央を捕まえた時に、取り返してくれていたそうだ。すぐに返すつもりだったが、バタバタとしてるうちに忘れていたらしい。で、昨日、くろの家に行った時に渡してもらった。凛、おまえ、これを失くして落ち込んでただろう?いずれ、もっといい物を渡すつもりだったから、これを失くしたからといって、そんなに落ち込む事はなかったのに」 「そっ、そんな訳にはいかないよっ。だって、これは銀ちゃんが初めて俺にくれた物なんだから…っ。とっても大事なんだ。これだけじゃない。銀ちゃんが俺に与えてくれたものは、形があるものも無いものも、全部大事なんだよ」 「…そうか。確かに、俺もおまえから与えられたものは、すべて大切だな」 「銀ちゃんもそう思ってくれるの?ありがと。ねぇ、俺、鉄さんにもお礼を言いたい」 「祝いの宴の時でいいんじゃないか?ところで凛。式の前に言ってた事を覚えてるな?」 「え?なんか言った…んぅっ、ふ…っ」 銀ちゃんを見上げた俺の唇を、いきなり銀ちゃんが唇で塞いだ。俺が胸を押すよりも早くきつく抱きしめて、くちゅくちゅと口内を舐め回す。 俺の口端から唾液が垂れるほど舌を激しく絡めると、やっと満足したのか、ゆっくりと離れた。 「はぁ…はぁ…っ、もぉ銀ちゃん、誰かに見られちゃうじゃん…」 「いい。それに、後で思う存分触っていいと言っただろ?」 「それは…っ、銀ちゃんの部屋に戻ってからで…」 「それまで我慢できない。でもまあ、今、凛を充電したから、夜まで我慢してみるか」 「え〜…。我慢しなよ…」 俺は、口を尖らせて銀ちゃんを見る。 やっぱり銀ちゃんが我が儘になってるし、俺に甘えてくる気がする…っ。 俺は仕方がないという顔をしながらも、内心は、甘えてくれる事がとても嬉しくて、銀ちゃんの手を強く握った。 銀ちゃんも、微笑みながら俺の手を強く握り返してくれた。 銀ちゃんが、俺の左手を持ち上げて、指輪にそっと口付ける。 そして、再び歩みを始めた花嫁行列の後を、しっかりと手を繋いで歩き出した。 …end. 【おまけ】 「ねぇ銀ちゃん、なんで天狗の団扇じゃないの?なんで扇子なの?」 「天狗の団扇は妖力が強過ぎて、花びらを燃やしてしまう。それに団扇よりも、この扇子の方が優雅でいいだろ?」 「ふ〜ん…。それと今更だけど、山伏の格好じゃないし、下駄も履かないんだね…」 「あの格好、ダサくないか?下駄は足が痛くなるから履かない」 「…俺、山伏姿の銀ちゃんも見てみたいなぁ」 「家に祖父さんの服があった筈だ。すぐに着てやろう」 「ホントっ?銀ちゃん、ありがとうっ、大好き!」 「容易い事だ」 ーー銀ちゃんがチョロすぎる…。 ◇これにて、本編は終わりです。明日からは番外編です。

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