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第262話 番外編 真葛 宗忠の苦悩

◇清忠が凛を家に連れて来た時に、宗忠が凛に薬を盛って襲い、銀に返り討ちにあった後のお話◇ 俺は、祖父さんにしこたま竹刀で背中を打たれて部屋に戻ると、ズキズキと痛む身体を畳の上に横たえた。 理由もなく人間に手を出したと知れて、罰を受けたのだ。きっと、清忠が祖父さんにチクったのだろう。 ーーチッ、あいつ、人間なんかに入れ込みやがって。 思わず悪態を漏らしてしまう。 祖父さんに打たれた背中も痛いが、あの銀色の天狗にやられた肩が、飛び抜けて痛い。あいつには、容赦というものがないのか。まあ、刀で斬られなかっただけマシと言うべきか…。 それに、銀色の天狗…銀も人間に入れ込んだ一人だ。しかも、花嫁の契約まで交わしていた。何より不可解だったのは、花嫁に選んだ相手が男だという事だ! ふと、銀の花嫁だという男の顔が頭に浮かぶ。 確かに、色が白く目が大きく、小柄で可愛らしい。だけど、俺が見た胸は平らで、押さえつけた首には喉仏があった。 でも、力は女のようにひ弱で簡単に抑え込めた。そんなひ弱なくせに、無駄に抵抗して暴れるからイラッとして、思わず殺そうとしてしまったんだ。 痛む背中をゆっくりと下にして、大きく息を吐きながら目を閉じる。 銀に肩を打たれてから、俺はおかしい。目を開けていても閉じていても、あの人間の顔が目に焼き付いて離れない。怯えてわななく唇が、震えながらも鋭く睨んでくる大きな目が、銀との契約印が付いた白い胸が、俺の頭からちっとも離れないのだ。 きっと、あの優秀な天狗が選んだ相手という事で、ほんの少し、興味を抱いただけだ。数日経って、身体の痛みが消えると共に、すぐに忘れてしまうに違いない。 俺はもう一度大きく息を吐くと、痛む身体に顔を歪めながら、浅い眠りについた。 そして、日が経つにつれて、困った事になった。 あの人間に会いたい気持ちが募り、胸が苦しいのだ。 ーーなんだこれは?なぜあいつの事を、こんな風に思うのだ? そう自問してみるけど、本当は、原因が何なのかわかっている。俺はきっと、銀や清忠のように、あのひ弱な人間に入れ込んだのだ。しかも…この気持ちは、銀と同じ…。 俺は手で顔を覆って大きく溜め息を吐いた。 こんな気持ちになるなど、想定外だ。俺が人間を?しかも男を?俺は、妖狐一族を担う名門真葛家の跡継ぎだ。強い精神力の持ち主だ。自分の気持ちだってコントロール出来る。筈だった…。なのに自分ではどうにもならない溢れるこの想いは、どうすればいい? もう一度大きく息を吐くと、俺は胸に手を強く押し当てた。 どうにも出来ない。自覚したこの気持ちを、伝える事など決して無い。 最悪の出会いをした俺の気持ちが報われることなど、永遠に無いのだ。 それでもーー。 凛が困った時は、せめて遠くから力になってやろう。それくらいしか、俺には出来ないのだから。 …end.

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