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第268話 番外編 心隠の宝

◇凛を助けた心隠の心の中◇ 空から人の子が降ってきた。 思わず受け止めてしまったそれは、怪我をして弱っていた。 普段の俺なら、その場に放置して帰っただろう。だけど、その人の子の悲しげな顔の理由が知りたくなって、家まで連れて帰った。 布団に寝かせ、血で汚れた服を脱がせる。お湯で濡らしたタオルで、血がこびりついた身体を拭いていく。汚れが取れて現れる白い肌に、思わず溜め息が漏れた。 ーーなんて綺麗な…。しかも甘い良い匂いがする。 傷口に万能薬の軟膏を丁寧に塗り込み、包帯を巻いて浴衣を着せる。だんだんと人の子の世話が楽しくなってきた俺は、自然と溢れる笑みを隠しきれなかった。 眠りながら涙を零し、銀色の天狗の羽根を握りしめていた理由も知りたくて、早く目覚めろと人の子の頰を撫でる。その滑らかな感触にも、俺の顔が綻んだ。 この人の子に興味が湧いて仕方がない。今は悲しい顔ばかりだけど、笑った顔も見てみたい。 やっと目覚めた人の子は、やっぱり悲しい顔をしたままだった。 ぽつりぽつりと彼が話す内容に、驚きを隠せない。 ーー人間と天狗が?愛し合う?種族も性別も越えて? 愛しい天狗と離されて、とても辛い顔をする人の子を見て、俺は憧憬した。 ーーそんな風に誰かを愛するということは、どんなものなのだろうか。こんな風に俺も、この人の子に思われてみたい。 俺は少し、試してみることにした。人の子の記憶から、天狗を愛する記憶を抜くのだ。 記憶を抜いた人の子は、俺に「心隠さん」と人懐こい笑みを見せてくれた。その笑顔に、俺の胸が暖かくなる。 ーーそのままずっと天狗のことなど忘れて、俺を好きになればいい。 だけどそんな勝手な願いは、すぐに露と消えた。 俺が術を解かずとも、人の子は、愛しい天狗への強い想いで自ら術を解いたのだ。なんて強くかけがえのない想いなのだろうか。 なぜこんな事をしたのか、と問い詰める銀色の天狗に、俺は、銀色の天狗が昔に俺の妹を助けて、その後、告白した妹を振った、恩返しと仕返しだと話した。 だが、そんなのは嘘だ。ただただ、俺が人の子に興味を持ったからに過ぎない。 怒った天狗に人の子の家から追い出されてしまったけれど、人の子は俺に笑顔を見せてくれた。 ーーまた、天狗のいない時に会いに来よう。そしてこの先、もしも…、もしも天狗と離れるような事があったなら、その時は、俺が彼を守り愛するのだ。 だが、そんな日が来る事は永遠にない、とわかっている。 俺は自分の胸に手を当てる。人の子と過ごして以来、ここが、いつも暖かい。その暖かさは、俺を幸せな気持ちにしてくれる。 人の子が天狗を想う気持ちには到底及ばないけれども、誰かを想う暖かい気持ちを俺に与えてくれた、愛しい人の子、凛。 俺の、大切な宝だ。 …end.

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