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第272話 番外編 愁える真白

◇鉄を命の恩人と崇める蛇の真白の心配事◇ 僕の命の恩人、鉄が結婚した。 結婚前に、鉄に郷から出て来てもらって、お祝いをした。僕に縁のある白蛇を祀る神社の幸守りと、気が早いけど安産のお札を渡した。 その時に、お嫁さんになる人の写真を見せてもらったけど、どことなく、ある人に雰囲気が似てるように感じた。そのある人とはーー。 去年の夏頃、突然鉄から連絡がきて、信州の僕の家に現れた。なんでも天狗の郷で揉め事を起こして、しばらくは帰れないと言う。 僕は、鉄には恩義があるし、上品な鉄の美しさに憧れてもいたから、傍にいれる事が嬉しくて、大歓迎で迎えた。 せっかく鉄が来てくれたのだから、ゆっくりと話したり、一緒にどこかへ出かけたりしてみたいと思っていた。 だけど鉄は、日がな一日、ぼんやりと空を見つめて何かを考え込んでいた。 ーー郷で、揉め事を起こした事を気にしているのかな? そんな僕の疑問はすぐに解決する。 鉄は、一人の人間の事を考えていたんだ。 その人間は、鉄の従兄弟の次期当主になる天狗の花嫁で、しかも男だという。 僕は驚いた。別に、花嫁が男だから驚いたわけではない。その従兄弟の花嫁を、鉄が殺そうとしてる事に驚いたんだ。 そしてなぜか、その人間の話をする鉄の顔が、ひどく苦しんでいるように見えた。 僕は最初、鉄の話を聞いた時、どんな理由かわからないけど、鉄はその人間に何か恨みがあって、すごく憎いから殺したいんだと思った。 でも、人間の話をする鉄を見てると、聞いてる僕の胸が詰まって苦しくなった。 ーーなんて…、なんて顔をしてるの?鉄は、口では人間を罵りながら、その顔は、辛くて苦しくて、今にも泣きそうになってるじゃないか。その手は、小刻みに震えてるじゃないか。鉄…違うよ。憎いんじゃなくて、それはまるで……。 自分の本当の気持ちを見失って、ただひたすら人間が憎いと言い募る鉄の様子を傍で見て、素直になれない鉄の代わりに、僕が泣きそうになってしまった。

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