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第273話 番外編 愁える真白

鉄が僕の家に来てから2ヶ月が過ぎた頃、僕の縄張りを囲うように張り巡らせた結界に、人間が入り込んだ。 様子を見に行くと、若くて可愛らしい男の子が、足を怪我したらしく困っていた。なにより驚いたのは、その子からは、天狗の匂いが濃く香っていた事だ。 彼に興味が湧いた僕は、「手当てをしてあげる」と言って、家に連れて帰った。 その彼こそが、鉄の心を強く占めている人間だった。 彼を目にした鉄の、喜びに満ちた顔。僕が初めて見る顔だ。 きっと愛しく思ってるであろう彼を、鉄は追い詰めていく。 しかし、その人の子は、中々に逞しかった。 陰陽師の術で、僕たちを退けたのだ。 僕は、鉄に頼まれたとはいえ、彼を殺さなくて済んだ事にほっとした。 鉄が、はき違えた気持ちのままに、彼を殺さなくて安堵した。 だけど鉄は、まだ彼を苦しめようとして、僕の家を出て行った。 それからは何があったのかはわからない。 鉄は、ついに愛しい彼を手にかけてしまったのだろうか。それとも、彼を花嫁とする従兄弟の天狗に、捕まってしまったのだろうか。 年が明け、冷たい冬が終わり、うららかな春が過ぎて、そろそろ鉄に会いたいと思っていたら、当の鉄から連絡がきた。なんと、結婚する事になったという。 僕はとても驚いたと同時に喜んで、鉄をお祝いするべく呼び出した。 久しぶりに会う鉄の表情は、見違えるようにすっきりとしていた。 僕は、あの人の子はどうしたのかと、心配になって尋ねた。 「自分の気持ちを素直に認めたら、楽になった。だけど、凛への想いは諦めた。最初から、叶うはずもない想いだったけど、凛を好きになって良かった。凛のおかげで、僕は他人を思いやり、優しく出来るようになったと思う」 そう言って笑う鉄は、とても穏やかな表情をしていて、僕は心底嬉しくなった。 そして、その時見せてもらった鉄の花嫁の写真が、鉄が好きだった凛という名の人の子に似ている気がしたのだ。 でも、その事を言って、気持ちにケリをつけて新しく前に進もうとしてる鉄を、惑わしてはならない。 僕は、どうか鉄が幸せになれますように、と切に願った。 あれからまた半年経って、鉄と会った。 更に優しくなった鉄の表情に、本当に今、幸せなんだな、と少し羨ましくなる。 そして、鉄からのサプライズな報告。 「真白、僕に子供ができた。来年の春には生まれるよ」 「ええっ!すごいっ。よかったねぇ…。本当に、よかった…っ。おめでとうっ!僕、種族は違うけれど、生まれたら抱かせてくれる?」 「もちろんだ」 晴れやかな笑顔を見せる鉄に、自分でもよくわからない感情が渦巻いて、涙が溢れそうになる。 もう鉄は、大丈夫だろう。 新しい、愛しい存在が増えるのだ。これからは、笑顔ばかりの日々が続くに違いない。 僕は少しばかりの寂しさを感じて、笑顔を浮かべる。 鉄の、今の幸せが理想で羨ましい。だけど、人の子への想いで辛く苦しんで悶えていた鉄の姿を、そんなになるほど誰かを愛しく想える事を、実は羨ましく思っていた事は、秘密だ。 …end.

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