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第274話 番外編 神使の愛し子

◇倉橋神社の神使、白にとっての蒼◇ 私がこの神社に来てから、もう幾年月過ぎたのだろう。 数えきれないほどの人々がここに参り、数えきれないほどの願いを呟いていく。 私は神様の代わりに、人々の願いを聞く。まあほとんどが、自力で何とかしろ、と念だけを送り込んでやるだけだが。 変わりばえのしない毎日を何年も繰り返していたある日、この神社に何十年か振りに赤子が生まれた。 様子を見に行くと、真っ赤な顔をして、ぎゃあぎゃあと泣いている。その何とも言えぬ可愛らしい姿に、ふと笑い声を上げた。すると、赤子がピタリと泣き止んで、私をじーっと見ている。たぶん、まだ生まれたばかりではっきりと見えてはいないだろうから、私の気配を感じているのだろうか。この神社で生まれてきた赤子の中で、一番勘の良さそうなこの子を、私はとても気に入った。 赤子は蒼と名付けられて、すくすくと育っていった。 時々様子を見に行くと、すぐに私に気づいてじーっと見てくる。今までの赤子も、1歳を過ぎる頃までは私の姿が見えていたのだから、何ら不思議ではない。ただ、皆んな大きくなるにつれて、私の姿は見えなくなるのだ。 この子もすぐに私が見えなくなるだろうと、少し寂しく思いながら、気まぐれに構ってやったりしていた。 だが、この赤子…蒼は今までの子と違った。2歳、3歳と年を経ても、私の姿が見えているのだ。見えているだけではない。私が意図して姿を消しても、蒼には通じない。どれだけ強い術で隠遁しても、必ず私を見つけ出すのだ。 そしてなぜか、無愛想で何の面白みもない私にひどく懐いて、私を見かけると必ず追いかけて来た。 最初は、しつこくついて来る蒼に辟易して、逃げてばかりいた。だけど、どんなに邪険に扱っても、にこにこと笑いながら寄って来る蒼がだんだんと可愛くなり、一緒に遊んでやったり蒼が知らない事を教えてやったりした。 蒼と毎日を過ごすようになって、ふとした瞬間、楽しいと思っている自分に気づいて驚いた。 こんな感情は、一体いつ振りだろうか。 蒼といると、今までの自分とはまるで別人のように、様々な感情に溢れて楽しい。 私からしたら、蒼と過ごす時間は短い。人の生きる時間は決められているのだから、どうしようもない。 それならば、この限られた時間を、出来る限り蒼の為に費やそうと、私は神使にあるまじき思いを抱いた。

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