9 / 353

*** 「ラプンツェル、どうした、浮かない顔をして」  ラインヴァルトが帰った数時間後、いつものようにアウリールが部屋に入ってくる。アウリールは部屋の隅っこで丸くなっている椛の様子が気になったようで、優しげに声をかけてくる。 「……アウリール様」 「どうしたんだい」 「……いえ、なんでもありません」  椛は顔をあげると、アウリールにキスをせがんだ。アウリールはにっこりと微笑んでそれを受け入れる。腰を抱き、唇を重ね、次第に深く、深く。目を閉じ睫毛を震わせて必死にキスをする椛がひどく愛おしくて、アウリールは激しく彼を求めた。  しかし、椛はというと、そのキスに集中できていなかった。そもそもアウリールにキスをせがんだ動機からして「雑念を消して欲しいから」というものだ。「雑念」というのはもちろんラインヴァルトのことである。アウリールとの二人だけの世界に突然入ってきた彼に椛が気をとられるのは当たり前のことかもしれない。椛は、この世界でアウリール以外の人間を始めてみたのだから。しかし、椛はその当たり前が怖い。もしもラインヴァルトのことでこのまま頭がいっぱいにでもなったりしたら、今までアウリールと過ごしてきた幸せの時間がすべて崩壊してしまう。 「アウリールさま……アウリールさま」 「なんだ、今日は随分と甘えたじゃないか」 「……激しく、してください……めちゃくちゃにして……」  日が沈んでゆく。燃えるような真っ赤な太陽は、黒い雲に消えてゆく。それは焼けつく大地を思わせた。草を、動物を、空を、すべてを飲み込んでゆく炎の冷たさを。やがて顔を出し始める夜の静けさ、小窓から入り込んでくる枯れた葉よ。昼間の明るさ、眩しさ。その面影は、何事もなかったように消えてゆく。 あの光を、忘れさせてください。 あの眩しさが、なぜか頭に焼き付いて離れないのです。 「あっ……アウリール、さま……!」  がしりと太ももを捕まれ、大きく開かれ、その間にアウリールが自身を突っ込んだ。弾けるような肉のぶつかる音、鎖のざわめき、椛の口から零れる鳴き声。幸せ、僕の永遠、変わらないはずのその音たち。  満たして、満たして……僕の頭の中を。  椛も自ら腰を振り、壊れたように、莫迦みたいに、セックスに夢中になろうとした。 「あぁあッ、もっと、もっと……! んっ、あぁッ、アウリールさま、アウリールさま……ッ!」  頭の中のノイズを押しつぶすように、椛はいつもよりもずっとずっと大きな声で喘いだ。ごりごりと熱いその先で感じるところを引っ掻かれ、奥を抉るように突かれ、アウリールの欲望を一身に椛は受け止める。あまりに激しく突かれるものだから呼吸が苦しかったが、それすらも快楽に変換して、椛は溺れてゆく。 「だして……アウリールさま、いっぱい、なかに……だして……!」  僕の身体を、頭を、貴方のもので満たして。  余計なものが入ってこないように。  平穏という幸福を壊されるのを、椛は何よりも恐れた。  なぜ、なぜ、邪魔者が入ってくるの。  激しく突き上げられながら、椛はずっと、ラインヴァルトのことを頭から払拭しようと必死になっていた。快楽が身体を這いずりまわっても、絶頂に蝕まれても、それは消えることがなかった。  暗い部屋。醜音の充満。閉塞感と背徳感に酔いしれていた。小窓の奥の明るい世界と乖離したこの部屋で、肉体を交わらせるだけの行為を繰り返すことに快楽を覚えていた。なにがいけないのだろう。ラインヴァルトはなぜここから連れだそうとするのだろう。この窓の奥には、なにがあるの。  身体を蹂躙されながら、椛は小窓の外を窺いみた。すっかり太陽の沈んだ空は、星が散らばっていた。きらきらと、子守唄を唄うように瞬いている。ああ、もしもこの塔をでてあの星たちを見たら、どう見えるのだろう。冷たい土の上を裸足でかけて、大樹に登って見たのなら。この石畳の中でみる景色とは違うのだろうか。この心をどう染めてくれるだろうか。  わずか、想いを馳せる。今までそんなことを一度も思ったことはなかった。考えようともしなかった。 「――……」  一度考えてしまったら、どうしてもそれは離れてくれない。羽虫のようだと言われても、きっと人は最後には、光を求めてしまうのだろう。

ともだちにシェアしよう!