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夜が明けて、椛は何度も何度も自分の身体をチェックしていた。アウリールに頼み込んで、肌がなるべく隠れるようなドレスを着せてもらったのはいいが、首元はやはり大きく開いている。布地を引っ張りあげて、昨夜アウリールにつけられた痣がなんとか隠れないかと、椛はずっとそうやっていたのだった。
その理由は、もちろん。
「ナ……ラプンツェルやー、ラプンツェルやー、お前の薔薇を下げておくれー!」
「……ライン……全然アウリール様に似てないよ……」
ラインヴァルトにみられないようにするため。アウリールの真似をして椛を呼ぶラインヴァルトの声を聞くと、椛の心臓はどきりと跳ねる。そろそろと小窓に近づいていって、ラインヴァルトの姿を確認すると、なぜか無性に泣きたくなってしまった。彼のことを想って自慰をした後ろめたさ、そしてアウリールに穢されたこの身体。にこにことなにも知らずに笑うラインヴァルトの目をまっすぐに見る自信がないのに、今すぐに彼の胸の中にとびこみたい。そんなジレンマが、苦しい。
「……ライン……今日は……!」
「えー!? なんだってー!?」
「今日は、会いたくない……!」
「聞こえないー! はやくあれ、歌って! 俺、はやくナギに会いたいから!」
「……っ」
ぽたり、と小窓の縁に涙がおちる。
*・。*・。*・。*・。*
薔薇の香りのなかであなたに抱かれるわ
暗い塔のなかでわたしはただ
あなたのキスを待っているの
*・。*・。*・。*・。*
風と、鳥の囀りと。椛の歌が混ざり合う。塔を薔薇の花が彩って、ラインヴァルトを椛のもとへ誘った。あっという間に登ってきたラインヴァルトは、泣き腫らした椛の顔をみて、驚いたような表情を浮かべる。
「……ナギ?」
「ねぇ、ライン」
「ん? 」
椛はラインヴァルトにくるりと背を向ける。どこかふるえるその細い肩。抱きしめようとしたラインヴァルトを、椛の哀しそうな声が拒絶する。
「ラインは……なんで僕のことを好きになったの?」
「なに? 急に」
「……ラインは僕のことあんまりしらないですよね。僕が、どんなに浅ましい人間なのか……なにも、貴方は知らない」
石畳でできた塔は、寒い。長袖のドレスを着ても、自分の身体を抱きしめても。冷たい空気に撫ぜられて、心の中までも冷えてゆく。変だ、今までそんな風に感じたことがないのに。溢れる涙はこんなに熱いのに、どうして身体は寒いと訴えているのだろう。
「えー、なんで好きって言われても……まあ、初めは顔が可愛いって思ったのがきっかけかなぁ。たしか」
「……僕は、中身はもっと」
「でも、今は全部好き! ナギの全部が、俺は好きだよ。俺を拒絶しながらちょっと顔が紅くなるところも、時々笑ってくれるところも。はじめは人形みたいで綺麗だなぁ、俺のものにしたいかもなぁ、くらいしか思わなかったのに、今はナギの見せるたくさんの表情が、新しく発見できる表情一つ一つが本当に愛おしいって、そう思う。だめ? 俺は、ナギの傍にいたい」
「……!」
自分できいておきながら、椛はラインヴァルトの返答にかあっと顔をあからめた。そして、後ろからぎゅうっと抱きしめられて、心臓が締め付けられるように傷んだ。ラインヴァルトの腕を振り払おうと思ったのに、あまりにも彼の腕の中が心地よくて、できなかった。
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