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***  連れて来られた部屋は、小さくて汚い部屋だった。趣味の悪い絨毯の上に、簡素なベッドがあるだけの部屋。鼻をつくような強い香りのお香が焚いてあって、ずっとこの部屋にいたら酔ってしまいそうだ。 「じゃ、客が入り次第すぐにヤッてもらうから。さっきの調子で頼むよ」 「……はい」  バタリと閉じられた扉の音が、虚しく響く。暫く椛は、ベッドの上でぼんやりとしていた。部屋を見渡しても、何もない。あるとすれば行為のときに必要になるローションとか、玩具とか、それくらい。もう見慣れたそれは何の面白みもなく、暇潰しには不適任。  時が腐ってゆく。こんな汚い娼館にくるような客の相手をすることだけが、唯一の暇潰しということか。 「……はやく、だれかこないかな」  無の時間に狂うくらいなら、見ず知らずの男に抱かれていたほうがいい。 「ちょっと、待ってください!」 「……?」  ふと、外から騒々しい物音が聞こえた。ドタバタとけたたましい足音と、叫び声のようなものが響いてくる。どうやらそれは椛の部屋に近づいてくるようで、客かと思ったがボーイの様子からそれも違うように思えた。 「ーーナギ!」 「……え」  バン!と勢いよく扉が開く。そこにいたのはーーまぎれもなく、ラインヴァルトだった。 「ライン……?」 「その声……よかった、ナギ……無事なんだな……!」 「……?」  ボーイの制止を跳ね除けて、ラインヴァルトが部屋の中に入ってくる。しかし、どうにも様子がおかしい。ラインヴァルトの隣には彼の臣下と思われる男が寄り添っていて、ラインヴァルトは彼に頼るようにして歩いている。その足取りは覚束なくて、床のちょっとした凹凸にもつまづいてしまいそうだった。 「ナギ……ナギ、なんだよな」 「ライン……どうしたの?」  なんとか、といった様子で椛のところへ辿り着くと、ラインヴァルトは椛の顔を確かめるように手のひらで撫でる。その距離になって、椛はようやく気付いた。 ーーラインヴァルトの目が開いていないことに。 「……ライン、目……どうしたの? なんで、ここがわかったの?」 「ああ、ナギだ……間違いない、この声……ナギ……よかった……」 「ねぇ……ライン、まさか……アウリール様に……!」  アウリールにやられた。椛はすぐにそれを把握した。もとより残虐なあの魔法使い。自分のものを盗もうとする者には何をするか、わかったものではない。自分のせいでラインヴァルトの瞳が失われたのかと思うと、後悔の念に圧殺されてしまいそうになる。自分に出逢わなければ彼は…… 「お客様、ですから先ほどのお話は、」 「一億」 「……はい?」 「ナギを身請けするのに、一億払う。だめなら二億でも三億でもいい。彼を俺にくれないか」  ラインヴァルトの発言に、部屋の空気は固まった。聞いたこともないような金額に、椛もボーイも驚くばかりである。しかし二人の唖然とした様子も無視して、臣下が肩に背負っていた鞄をボーイの前に差し出し、口をあけてみせた。 「ーーま、まじで……!?」  そこにはギッシリと紙幣が入っていて、それをみたボーイは目を白黒させている。 「足りないか」 「い、いえ! じゅっ、十分でございます! どうぞ、ラプンツェルをもっていってくださいませ!」 「ありがとう、じゃあ遠慮なく」 「えっ、ら、ライン……!」  ラインヴァルトは椛に手を差し出した。本当にこの手を掴めばここから出られるのか、なんだか信じられなかった。それでも、この真っ暗闇の中、彼が来てくれたことが嬉しくて。椛は思わず泣いてしまった。ぐしぐしと涙を拭きながら、もう片方の手をそっとラインヴァルトのそれに重ねる。そうすると、ラインヴァルトがくっ、と腕を引いてくれて、それに合わせて椛は立ち上がった。 「……ライン……」 「いこ、ナギ。俺の城。そこで、ずっと幸せに暮らそう」 「……、はい……!」  嬉しくて、幸せで。暖かいものが胸を満たしていって。椛が小さく笑うと、その声を聞いたラインヴァルトが、優しく、微笑んだ。

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