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「なにこれ」 「ち、近づかないでください……!」 「いや、なんでおまえこんなのに繋がれてんの?」 「ひっ……い、いや……!」  男が鎖をつかむ。ビクリと身体を震わせた少年に、男は更に不機嫌そうな顔をした。  自分を見上げてくる少年は。それはもう、薔薇の花のよう。この部屋に立ち込める薔薇の香りがそう思わせたのかもしれないけれど。でも、その怯える瞳がまさしく刺で自らの美しく弱いところを守る薔薇のようだった。小窓から吹き込む風に揺れた黒髪と、びくびくと震える睫毛が、風と戯れる花弁を見せる。  綺麗な、綺麗な花。だからこそ男は腹立たしかったのだ。鋼鉄の人工物に辱められるその姿に。風の音、鳥の唄、それは甘く可憐な響きをもっているのに、歪な鎖の音がそれを台無しにする。華麗な色に刺す鈍色が、醜くてしかたない。  おまえが咲くべき場所はここじゃない。この、大きな空の下。そうだろう? 「おまえさ、もしかしてアウリールに囚われてるの?」 「な、なんなんですか……さっきから……アウリール様の行いが悪いことみたいに言って……」 「……そのアウリールへの好意も奴の刷り込み?」 「……ッ、いい加減にしてください……!」  眉をひそめた男に、少年は怒りの眼差しを向ける。そして、軽く平手打ちをして後ずさった。  突然現れて、この現状を非難されて。当たり前だと、愛しいと思っていた自分のあり方をそんな風にいわれたのだから、少年が取り乱すのも当然のことだった。少年は男に完全なる敵意を向けて、じろりと睨みつける。 「僕からしてみれば、僕を騙してここに侵入してきた貴方のほうが悪者ですよ! 今すぐ出て行ってください、そうでないとアウリール様に……」 「なーんか勿体無いよなぁ」 「は……」  視界が、暗くなる。少年は一瞬何が起こったのかわからなかったが、唇に染みる仄かなぬくもりに、その状況を理解する。目の前にはこの傍若無人な男。吐息がかかるほどのその距離に少年の心臓がドクンと跳ねる。 「な、な……」 「おまえさ、外の世界を知らないんだろ。いつからここにいるの?」 「……物心がついた頃から、ずっと……」 「……じゃあさ、外に出よう。こんな暗くて狭いところで命を食いつぶすなんて、勿体無いと思わないか」 「……意味のわからないことを……そ、そんなことより……」  なぜこの男は平然としている。だっていま、確かにこの男は。  ドクドクと激しくなる鼓動が煩い。なぜ。キスなんて、何度も、何度もしてきたというのに、こんな触れるだけのキスにどうして僕は動揺しているというのだろう。上昇する体温が、くるくると落ち着かない頭のなかが、まるで自分の身体ではないみたいで少年はパニックとなっていた。 「……な、なんでいま……その……き、キス……」 「え?」  小窓から除く青空をバックに男はきょとんとした顔で少年を見つめた。金色の髪は太陽に照らされて若々しい稲穂のようにきらきらと輝いている。ああ、眩しい。そんな風に少年が目を細めれば、男はその太陽すらも霞むような笑顔で言い放った。 「だって。おまえが歌っていたから。俺のキスを待っているって!」 ――は?  少年はあからさまに顔をしかめて男を胡散臭そうに見上げた。唄を。いつもの唄を思い出してみよ。そうだたしかに僕は歌っている。『あなたのキスを待っている』と。だが待って欲しい。この男は大きな勘違いをしていないだろうか。

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