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「アウリールはいなかったんだから大丈夫だろ」 「アウリール様がいなくても、貴方の声を聞きつけた動物たちが言いつけるかもしれないでしょう」 「ああ、じゃあ、アウリールと同じ呼びかけすればいいよな! 『ラプンツェルや、ラプンツェルや~』ってやつ!」 「こ、声の違い…」 「そんなに細かいこと気にしないって」 「……」  言いくるめられそうになって椛はむすっとラインヴァルトを睨みつけた。そうだ、バレるバレないよりも大切なこと。 「そもそも、僕は貴方に会いたくないんですけど」 「俺は会いたい! それじゃダメなの?」 「な、あ、会いたいって……じ、自分勝手な……」 「ダメ? バレないようにするから!」 「……」  なんとなく、顔が熱くなってくる。その熱さは寧ろ不快ではなく、甘みをもったどこか心地よいものだった。椛は今、自分の顔がどうなっているかが気になって、顔を隠すように俯いて小さく呟いた。 「ぜ、絶対にバレないように、してくださいね……」  ち、違う、なんでここで承諾するんだ。  椛は必死に頭の中で撤回する。この男と会っちゃだめなのに、会っていたらなにかおかしくなってしまうのに、それなのに。ぐるぐると考えて、それでもそれ以上の言葉が口から出てこなくて、椛は顔を伏せたまま黙り込む。  そんな椛の言葉は、ラインヴァルトにどう聞こえたのだろうか。ラインヴァルトはパッと太陽な笑顔をさらに輝かせて、すっと椛の前に座り込んだ。俯く椛の顔をのぞき込むようにすると、そっと囁く。 「ね、キスしていい?」  今までより低い調子の声に、ガバッと椛は跳ねるように顔をあげた。それはもう頬をりんごのように赤く染めていて、その驚いたように潤んだ瞳にラインヴァルトは息をのむ。椛はきゅっと唇を噛んで睨むようにラインヴァルトを見つめ、なにも返事をすることができない。 (な、なんで前は勝手にしてきたくせに今日は聞いてくるの……)  恨むように見つめられて、ラインヴァルトはふっと吹き出した。ああこいつ可愛いなぁなんて思いながら、静かに椛の頬に手を添える。 「ごめん、意地悪言った。……嫌だったら首ふって」 「……」 「……するよ?」  なぜか。首をふることができなかった。ラインヴァルトが両手で椛の頬を包み込む。そして、くっ、と椛に上を向かせた。ぱちりと目が合うと、その濡れた瞳に星がちかちかと光るような光が灯り、ラインヴァルトは見惚れて一瞬動きを止めてしまう。それでも蝶を誘う花のように静かに呼吸を続ける小さな唇に触れたくて、そっと距離を縮めた。 「あっ……」  びくん、と椛が小さく身じろぐ。もう沸騰しそうなくらいに顔を赤らめた椛はラインヴァルトから逃げるように身を引いてしまった。 「……どうしたの。やっぱりダメ?」 「……ダメ、です……だって……」 「だって?」 「……胸が、苦しい……」 「……、」  目を閉じて熱を逃がすように深く呼吸をする椛の胸に、そっと触れた。そうすれば大袈裟に驚いた椛に、ラインヴァルトは笑いかける。 「……ほんとだ。心臓、すごい」 「……なんなんですか、いやです、こんなの……ライン……離れてください、貴方が近づくと余計に……!」 「……離れろって……無理だろ、そんなこと言われたら」 「な、なんで……あ、あっ……」  思わずラインヴァルトは椛を押し倒した。さらさらとした黒髪が床にぱらりと散らばり、熱でぼうっとした表情でラインヴァルトを見上げる椛は、あまりにも扇情的であった。ラインヴァルトに見下された椛は、ぎゅっと目を閉じて彼からの視線から逃げていた。  どく、どく、とすべての感覚が心臓に集中する。こんなのしらない、怖い。顔が熱くておかしくなりそう。初めての感覚に恐怖を覚え、しかしそれでも抵抗しようという気にならない。ただ、ラインヴァルトの次の行動を待つのみ。なぜかラインヴァルトと目を合わせることができずに瞼を伏せていた椛には、その時間がやたらと長く感じられた。一秒一秒がひどく遅く、呼吸さえも苦しい。

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